あまいお菓子にコルセットはいかが?
庭に雪が降り積もり、窓の外は白銀の世界が広がっている。昼過ぎには溶けてしまうほどの積雪は、儚く美しい一時のものである。
「去年までは庭に出て楽しむ元気があったのに、今年は無理だわ。歳かしら?」
「世の貴族令嬢は雪が積もれば寒くて外出どころではありません。それが普通です」
ミアに突っ込まれて、そうなのか、とコレットは項垂れた。
毎年小さな雪だるまを作って遊んでいたのは、どうやら普通ではなかったらしい。
その日の午後、雪が解けきるとカロリーヌがシルフォン家の邸を訪れた。
明日は第二王女レティシア殿下のお披露目会があり、約束通り仕上がったドレスを納品しに来たのである。
「見てよ、コレット! 中々の傑作ができたわよ」
到着して早々、カロリーヌはコレットに興奮気味に話しかけた。間に合わせるために無茶したのだろう。目の下の隈がかなり濃く、顔色も酷かった。
「せっかくだけど明日のお披露目会には、前に作ってもらったドレスで参加しようと思うの。やはり殿下の婚約者選定を兼ねたパーティに派手な装いで行くのは貴族令嬢として良くないわ」
「はぁ?」
カロリーヌの眦が吊り上がり、その顔は盛大に歪んだ。疲労がたまっていたせいで感情に余裕がないせいか、遠慮は一切見当たらない。
「ちょっと、約束したじゃない。それに主催本人が着てくるように言っているのよ! なら期待に応えるべきよ」
「彼女は十五歳で、トルテ国に馴染めていないの。提案に乗るのではなくて、ちゃんと諭すべきだったのよ」
「なによそれ。今さらなんなのよ」
カロリーヌはソファーに乱暴に座ると、ミアに紅茶を頼み、少しのあいだ冷静になるよう努めた。
「で、何をそんなに気にしているの? 何をそんなにいじけているの? どうして少し会わないうちに急に態度が変わったの?」
付き合いの長い友人は、ずけずけとコレットに真実を話させようと踏み込んでくる。
「ちゃんと考えただけよ。普通で当たり前のことに気付いたの。だって私達、貴族令嬢だもの」
「普通って何よ。別におかしなことは何もないわよ。パーティに綺麗なドレスを着るのは普通よ。意中の殿方に見初めてもらえるように努力するのも貴族令嬢にとっては普通だわ。十七歳なのに焦っていないのは普通から外れるけどね」
「意中の男性に、見初めてもらうなんて、無理よ。ありえない」
「なによ。気になっていた上官様にアピールしなさいよ。今回も私が綺麗に仕上げてあげるからさ」
「もういいの。もう無理だから、諦めることにしたの」
「何があったのよ。ちゃんと話しなさいよ」
詰め寄るカロリーナは、絶対に聞き出すまで引いたりしない。根競べになればいつだってコレットが諦めて折れるのである。
しばらく粘ったが根負けしたコレットは、フランシスが実は第一王女アガットの婚約者候補の一人に含まれていたこと。アガットが他国に嫁ぐことになり、今度はレティシアの婚約者候補に入ったらしいこと。明日のお披露目会でファーストダンスを踊る相手に彼が指名されていること。すでに練習の時からフランシスが相手をしていることを話した。もしかしたら当日サプライズで婚約発表があって、その相手は――
「ふーん。で? 決定的な話が何もないじゃない。ワンチャンあるわよ」
「か、簡単に言わないでよ!」
「何よ! せっかく痩せて綺麗になったのに。自信持ちなさいよ! ほらちゃんと綺麗に仕上げてあげるから」
「無理よ!」
「なんでよ!」
いつもだったら、粘れば折れるコレットが頑なな態度を崩さないことに、カロリーヌは再び苛立ち始める。
「だって、いくら外見が綺麗になったって、私の中身がダメなのよ。普通じゃないもの」
痩せる前の常識は、痩せたあとは非常識だと教えられた。普通ではないと。
疑問も持たずに振る舞っていたころ、周囲はコレットのことを普通じゃないと思って見ていたということだ。
「はぁ?」
「自分に甘いし、怠惰だし。それに、ジル様は、あっさりと婚約解消したもの」
ジルベールの話が出たことに、カロリーヌは頭に血が上り思わず怒鳴った。
「あんた、もしかしてまだジルベールに気持ちがあるの?」
「違うわ! もう何とも思っていないし、そうじゃないの。この痩せた姿を見ても、ジル様があっさりと婚約解消したってことは、きっと私の内面がダメだったから、外見を良くしたところで無駄だったってことなの!」
コレットが婚約解消の書類に名前を書いたとき、相手の名前は空欄だった。
ジルベールの意志が記されていない書類に、彼がこれを見て反省し、もう一度やり直したいといってくれることを期待してサインした。ジルベールはあの時初めてコレットが痩せたことを知ったのだから、もしかしたら心が戻ってくるのではないかと一縷の望みに縋ったのだ。
七年分の気持ちがあれば、コレットの努力に絆されてくれるのではないかと――
でも、婚約解消は成立してしまう。
その後も七年間育んだ気持ちを割り切るのに、コレットはとても苦労した。今もまだ時折心の奥がきしむし、思い出はなくなりはしない。
(ジル様があっさりと婚約解消できたのは、ずっと前から気持が離れていたからだわ。私が気付いていなかっただけで……)
それらはコレットに決定的な烙印を押した。
「――見た目を変える程度じゃ取り繕えないほど、私にダメなところがあったのよ」
「そんなこと……」
「あるのよ。きっと。だから、どうせ私なんかが何をやっても無駄なのよ」
コレットの言葉を最後まで聞いたカロリーヌは、拳を握りしめて俯いた。
噛み締めた奥歯をゆるめ、小さく息を吸い込む。
「くだらない。バカバカしくてやってられないわ。帰る!」
そう吐き捨てると、コレットに見向きもせずに部屋を出て行った。
「去年までは庭に出て楽しむ元気があったのに、今年は無理だわ。歳かしら?」
「世の貴族令嬢は雪が積もれば寒くて外出どころではありません。それが普通です」
ミアに突っ込まれて、そうなのか、とコレットは項垂れた。
毎年小さな雪だるまを作って遊んでいたのは、どうやら普通ではなかったらしい。
その日の午後、雪が解けきるとカロリーヌがシルフォン家の邸を訪れた。
明日は第二王女レティシア殿下のお披露目会があり、約束通り仕上がったドレスを納品しに来たのである。
「見てよ、コレット! 中々の傑作ができたわよ」
到着して早々、カロリーヌはコレットに興奮気味に話しかけた。間に合わせるために無茶したのだろう。目の下の隈がかなり濃く、顔色も酷かった。
「せっかくだけど明日のお披露目会には、前に作ってもらったドレスで参加しようと思うの。やはり殿下の婚約者選定を兼ねたパーティに派手な装いで行くのは貴族令嬢として良くないわ」
「はぁ?」
カロリーヌの眦が吊り上がり、その顔は盛大に歪んだ。疲労がたまっていたせいで感情に余裕がないせいか、遠慮は一切見当たらない。
「ちょっと、約束したじゃない。それに主催本人が着てくるように言っているのよ! なら期待に応えるべきよ」
「彼女は十五歳で、トルテ国に馴染めていないの。提案に乗るのではなくて、ちゃんと諭すべきだったのよ」
「なによそれ。今さらなんなのよ」
カロリーヌはソファーに乱暴に座ると、ミアに紅茶を頼み、少しのあいだ冷静になるよう努めた。
「で、何をそんなに気にしているの? 何をそんなにいじけているの? どうして少し会わないうちに急に態度が変わったの?」
付き合いの長い友人は、ずけずけとコレットに真実を話させようと踏み込んでくる。
「ちゃんと考えただけよ。普通で当たり前のことに気付いたの。だって私達、貴族令嬢だもの」
「普通って何よ。別におかしなことは何もないわよ。パーティに綺麗なドレスを着るのは普通よ。意中の殿方に見初めてもらえるように努力するのも貴族令嬢にとっては普通だわ。十七歳なのに焦っていないのは普通から外れるけどね」
「意中の男性に、見初めてもらうなんて、無理よ。ありえない」
「なによ。気になっていた上官様にアピールしなさいよ。今回も私が綺麗に仕上げてあげるからさ」
「もういいの。もう無理だから、諦めることにしたの」
「何があったのよ。ちゃんと話しなさいよ」
詰め寄るカロリーナは、絶対に聞き出すまで引いたりしない。根競べになればいつだってコレットが諦めて折れるのである。
しばらく粘ったが根負けしたコレットは、フランシスが実は第一王女アガットの婚約者候補の一人に含まれていたこと。アガットが他国に嫁ぐことになり、今度はレティシアの婚約者候補に入ったらしいこと。明日のお披露目会でファーストダンスを踊る相手に彼が指名されていること。すでに練習の時からフランシスが相手をしていることを話した。もしかしたら当日サプライズで婚約発表があって、その相手は――
「ふーん。で? 決定的な話が何もないじゃない。ワンチャンあるわよ」
「か、簡単に言わないでよ!」
「何よ! せっかく痩せて綺麗になったのに。自信持ちなさいよ! ほらちゃんと綺麗に仕上げてあげるから」
「無理よ!」
「なんでよ!」
いつもだったら、粘れば折れるコレットが頑なな態度を崩さないことに、カロリーヌは再び苛立ち始める。
「だって、いくら外見が綺麗になったって、私の中身がダメなのよ。普通じゃないもの」
痩せる前の常識は、痩せたあとは非常識だと教えられた。普通ではないと。
疑問も持たずに振る舞っていたころ、周囲はコレットのことを普通じゃないと思って見ていたということだ。
「はぁ?」
「自分に甘いし、怠惰だし。それに、ジル様は、あっさりと婚約解消したもの」
ジルベールの話が出たことに、カロリーヌは頭に血が上り思わず怒鳴った。
「あんた、もしかしてまだジルベールに気持ちがあるの?」
「違うわ! もう何とも思っていないし、そうじゃないの。この痩せた姿を見ても、ジル様があっさりと婚約解消したってことは、きっと私の内面がダメだったから、外見を良くしたところで無駄だったってことなの!」
コレットが婚約解消の書類に名前を書いたとき、相手の名前は空欄だった。
ジルベールの意志が記されていない書類に、彼がこれを見て反省し、もう一度やり直したいといってくれることを期待してサインした。ジルベールはあの時初めてコレットが痩せたことを知ったのだから、もしかしたら心が戻ってくるのではないかと一縷の望みに縋ったのだ。
七年分の気持ちがあれば、コレットの努力に絆されてくれるのではないかと――
でも、婚約解消は成立してしまう。
その後も七年間育んだ気持ちを割り切るのに、コレットはとても苦労した。今もまだ時折心の奥がきしむし、思い出はなくなりはしない。
(ジル様があっさりと婚約解消できたのは、ずっと前から気持が離れていたからだわ。私が気付いていなかっただけで……)
それらはコレットに決定的な烙印を押した。
「――見た目を変える程度じゃ取り繕えないほど、私にダメなところがあったのよ」
「そんなこと……」
「あるのよ。きっと。だから、どうせ私なんかが何をやっても無駄なのよ」
コレットの言葉を最後まで聞いたカロリーヌは、拳を握りしめて俯いた。
噛み締めた奥歯をゆるめ、小さく息を吸い込む。
「くだらない。バカバカしくてやってられないわ。帰る!」
そう吐き捨てると、コレットに見向きもせずに部屋を出て行った。