あまいお菓子にコルセットはいかが?
「お邪魔するわよ!」
翌日、カロリーヌは再びシルフォン家の邸のドアを叩いた。勢いよく乗り込むと、まさに今から準備を始めようとしていたコレットと対峙する。
「ごきげんよう、コレット!」
「ご、ごきげんよう、カロリーヌ。随分と早いわね、それに、――もう来ないと思っていたわ」
昨日怒って帰ったので、もう見捨てられたとばかり思っていたのだ。
「今日は説明しに来たのよ」
「せ、せつめい?」
「私が仕立てた最新のドレスが、いかに良いものかを説明するのよ。よーく聞きなさい!」
カロリーヌは、昨日持ち込んだ約束のドレスと、コレットがお披露目会のために用意したドレスを並べた。
どちらもカロリーヌの自信作であり、コレットに良く似合うようにデザインしたものだ。
「コレットの選んだドレスも、悪くないわ。薄い寒色系の色合いはどの年齢層にも好まれるものね。フリルとレースにこだわったから、華やかで大人しくなりすぎない絶妙なドレスだわ」
「か、カロリーヌ?」
「対する、昨日仕上がったこのドレスは、パターンはトルテ国の伝統的なラインを踏襲しているの。最近ベルラインが流行だから、逆に目新しく見えるはずよ。布地はアマンド国の見る者の目を釘づけにする濃いピンク色ね。この色だけで仕立てるときつすぎるから、トルテ国で好まれる薄いピンク色をバランスよく掛け合わせたわ。薄いピンク色の部分に金銀の刺繍糸とビジューの飾りを描いたの。ここは苦労したのよ。レティシア様にアマンド国の職人を紹介してもらって対応したんだから!」
カロリーヌの説明はとまらない。
「次はランジェリーよ。今回ドレスの首回りをハートカットにしたから、ランジェリーは胸の上部分のふくらみを綺麗に見せるように作ったの。コルセットは力作で、レースを使って通気性を良くしたのよ。ダンスをした後に汗をかくこともあるから、防寒ではなく肌の負担を気にしたの。思いっきり締め上げても苦しくないよう、ボーンの数も調整したわ」
「……」
「機能重視が基本だけどコレットがせっかく痩せたのだし、ランジェリーにはカラーレースを使用してデザイン性も高めてみたの。ほら、可愛いとテンションあがるじゃない? 中々良い色がなくてこの色は私が染めてみたの。可愛いでしょう? あと、ドレスもランジェリーも多少のサイズ変動なら対応できるように、編み上げ式を取り入れたわ。簡単に着脱できないのが難点だけど、パーティで気合を入れる日にはもってこいだと思うのよね!」
黙ったまま俯くコレットに、カロリーヌはひときわ明るい声で、話しかける。
「私は断然、新しい方のドレスとランジェリーをお薦めするわ! だって絶対に綺麗に仕上がるもの」
「……ありがとう、カロリーヌ。とっても頑張ってくれていたのよね」
「努力よりも今はドレスを見てちょうだい。きっと気に入るわよ!」
カロリーヌが目の前に差し出したドレスは、刺繍やビジューが光を反射してキラキラと輝く。
「素敵だけど、やっぱり派手すぎない?」
「金の髪に菫色の瞳にはぴったりの色よ。今のコレットならドレスが霞むわ」
そんな馬鹿なと、思わず噴き出した。
顔を上げると、カロリーヌが普段見せないような笑顔を作っていて、彼女が精一杯歩み寄ろうとしてくれるのが痛いほど伝わってきた。
(このドレスを着て、お披露目会に行きましょう。それで、フランシス様とお話をして――)
「――着飾っても、やっぱり私は選ばれないかもしれないわ。折角応援してくれたのに、ごめんなさい」
零れたのはコレットの本音だ。どうしても自信が持てないのだ。
「あのね、コレット。世界中の悪女は美しく着飾って男を手玉に取るの。美しく着飾れば内面なんてある程度は誤魔化せるはずよ。今のコレットなら見た目で勝負できるわ!」
この言葉をカロリーヌは一晩寝ずに考えた。もう、内面に自信が持てないなら勝てそうなものを総動員して勝つ方が賢いだろうと。たかが少しくらいダメなところがあったとて、良いところだってあるのだから、それで帳消しになるだろう、と。
もちろん、カロリーヌはコレットの内面がダメなどと思っていない。
コレットがそう思い込んでいる限り、それが彼女にとっての真実なのだから、否定せずに何とか元気づけようとしたのだった。
「慰められた気がしないのだけど」
「慰めてないもの。コレットの外見が美しいって言っただけよ」
「……ありがとう。好意として受け取っておくわね」
二人そろって笑顔が浮かべば、それが仲直りの合図になった。
カロリーヌとミアの手によって、編み上げ式の紐が力一杯締め上げられる。時間をかけ丁寧にランジェリーとコルセットを身にまとう。
下準備が終わると、カロリーヌが持ち込んだ箱の蓋を開けて、中身を取り出す。ドレスに似合いそうなルビーの髪飾りやネックレスと耳飾りがテーブルの上に並べられた。
「素敵ね。どうしたの?」
「アマンド国の装飾をレティシア様からお借りしたの。今日のドレスにピッタリよね」
「嘘でしょ! なんてもの借りてきたのよ」
アマンド国の装飾品は贅を凝らした美しい細工が特徴であり、純金製で純度の高い宝石を贅沢に使うことで有名だ。見ればそれらは良いお値段のしそうな至高の品であった。
「だって、似合う装飾品が手に入らなかったんだもの。それに全身お揃いにできるってレティシア様は喜んでいたわよ」
「もう、あなたたちって、本当に……仲良しよね」
コレットは、いろいろ諦めて全てを受け入れる境地に達した。
気を取り直して、髪を結いあげ化粧を施す。
最後にドレスを身にまとい、ネックレスとピアスを付ければ、まるで魔法がかかったように心に平穏が訪れる。
自信の持てなかった気持ちはなりを潜め、口元には穏やかな微笑みが浮かんだ。
「本当に、誰とお会いしても恥ずかしくないほど素敵な仕上がりね」
鏡に映り込む、満足そうなカロリーヌと頷くミアに勇気づけられて、コレットは立ち上がった。
翌日、カロリーヌは再びシルフォン家の邸のドアを叩いた。勢いよく乗り込むと、まさに今から準備を始めようとしていたコレットと対峙する。
「ごきげんよう、コレット!」
「ご、ごきげんよう、カロリーヌ。随分と早いわね、それに、――もう来ないと思っていたわ」
昨日怒って帰ったので、もう見捨てられたとばかり思っていたのだ。
「今日は説明しに来たのよ」
「せ、せつめい?」
「私が仕立てた最新のドレスが、いかに良いものかを説明するのよ。よーく聞きなさい!」
カロリーヌは、昨日持ち込んだ約束のドレスと、コレットがお披露目会のために用意したドレスを並べた。
どちらもカロリーヌの自信作であり、コレットに良く似合うようにデザインしたものだ。
「コレットの選んだドレスも、悪くないわ。薄い寒色系の色合いはどの年齢層にも好まれるものね。フリルとレースにこだわったから、華やかで大人しくなりすぎない絶妙なドレスだわ」
「か、カロリーヌ?」
「対する、昨日仕上がったこのドレスは、パターンはトルテ国の伝統的なラインを踏襲しているの。最近ベルラインが流行だから、逆に目新しく見えるはずよ。布地はアマンド国の見る者の目を釘づけにする濃いピンク色ね。この色だけで仕立てるときつすぎるから、トルテ国で好まれる薄いピンク色をバランスよく掛け合わせたわ。薄いピンク色の部分に金銀の刺繍糸とビジューの飾りを描いたの。ここは苦労したのよ。レティシア様にアマンド国の職人を紹介してもらって対応したんだから!」
カロリーヌの説明はとまらない。
「次はランジェリーよ。今回ドレスの首回りをハートカットにしたから、ランジェリーは胸の上部分のふくらみを綺麗に見せるように作ったの。コルセットは力作で、レースを使って通気性を良くしたのよ。ダンスをした後に汗をかくこともあるから、防寒ではなく肌の負担を気にしたの。思いっきり締め上げても苦しくないよう、ボーンの数も調整したわ」
「……」
「機能重視が基本だけどコレットがせっかく痩せたのだし、ランジェリーにはカラーレースを使用してデザイン性も高めてみたの。ほら、可愛いとテンションあがるじゃない? 中々良い色がなくてこの色は私が染めてみたの。可愛いでしょう? あと、ドレスもランジェリーも多少のサイズ変動なら対応できるように、編み上げ式を取り入れたわ。簡単に着脱できないのが難点だけど、パーティで気合を入れる日にはもってこいだと思うのよね!」
黙ったまま俯くコレットに、カロリーヌはひときわ明るい声で、話しかける。
「私は断然、新しい方のドレスとランジェリーをお薦めするわ! だって絶対に綺麗に仕上がるもの」
「……ありがとう、カロリーヌ。とっても頑張ってくれていたのよね」
「努力よりも今はドレスを見てちょうだい。きっと気に入るわよ!」
カロリーヌが目の前に差し出したドレスは、刺繍やビジューが光を反射してキラキラと輝く。
「素敵だけど、やっぱり派手すぎない?」
「金の髪に菫色の瞳にはぴったりの色よ。今のコレットならドレスが霞むわ」
そんな馬鹿なと、思わず噴き出した。
顔を上げると、カロリーヌが普段見せないような笑顔を作っていて、彼女が精一杯歩み寄ろうとしてくれるのが痛いほど伝わってきた。
(このドレスを着て、お披露目会に行きましょう。それで、フランシス様とお話をして――)
「――着飾っても、やっぱり私は選ばれないかもしれないわ。折角応援してくれたのに、ごめんなさい」
零れたのはコレットの本音だ。どうしても自信が持てないのだ。
「あのね、コレット。世界中の悪女は美しく着飾って男を手玉に取るの。美しく着飾れば内面なんてある程度は誤魔化せるはずよ。今のコレットなら見た目で勝負できるわ!」
この言葉をカロリーヌは一晩寝ずに考えた。もう、内面に自信が持てないなら勝てそうなものを総動員して勝つ方が賢いだろうと。たかが少しくらいダメなところがあったとて、良いところだってあるのだから、それで帳消しになるだろう、と。
もちろん、カロリーヌはコレットの内面がダメなどと思っていない。
コレットがそう思い込んでいる限り、それが彼女にとっての真実なのだから、否定せずに何とか元気づけようとしたのだった。
「慰められた気がしないのだけど」
「慰めてないもの。コレットの外見が美しいって言っただけよ」
「……ありがとう。好意として受け取っておくわね」
二人そろって笑顔が浮かべば、それが仲直りの合図になった。
カロリーヌとミアの手によって、編み上げ式の紐が力一杯締め上げられる。時間をかけ丁寧にランジェリーとコルセットを身にまとう。
下準備が終わると、カロリーヌが持ち込んだ箱の蓋を開けて、中身を取り出す。ドレスに似合いそうなルビーの髪飾りやネックレスと耳飾りがテーブルの上に並べられた。
「素敵ね。どうしたの?」
「アマンド国の装飾をレティシア様からお借りしたの。今日のドレスにピッタリよね」
「嘘でしょ! なんてもの借りてきたのよ」
アマンド国の装飾品は贅を凝らした美しい細工が特徴であり、純金製で純度の高い宝石を贅沢に使うことで有名だ。見ればそれらは良いお値段のしそうな至高の品であった。
「だって、似合う装飾品が手に入らなかったんだもの。それに全身お揃いにできるってレティシア様は喜んでいたわよ」
「もう、あなたたちって、本当に……仲良しよね」
コレットは、いろいろ諦めて全てを受け入れる境地に達した。
気を取り直して、髪を結いあげ化粧を施す。
最後にドレスを身にまとい、ネックレスとピアスを付ければ、まるで魔法がかかったように心に平穏が訪れる。
自信の持てなかった気持ちはなりを潜め、口元には穏やかな微笑みが浮かんだ。
「本当に、誰とお会いしても恥ずかしくないほど素敵な仕上がりね」
鏡に映り込む、満足そうなカロリーヌと頷くミアに勇気づけられて、コレットは立ち上がった。