あまいお菓子にコルセットはいかが?
「どうして、みんな、そんなこと言うのよ!」

 大きな声に驚いて、侍女のセリアが飛び込んでくる。
 見えない場所で待機していたらしく、レティシアのことを落ち着かせようと必死にとりなしていた。

「レティシア様、落ち着いてくださいませ」

「セリア! アレを出してちょうだい」

「アレでございますか? かしこまりました」

 レティシアは、セリアがどこかから取り出した分厚い本を受け取ると、コレットの側まで走り寄っていった。
 その顔には、怒りも嫌悪も見当たらず、何やら嬉しそうに、ニヤニヤと笑っている。

「わたくし、七つも年上の男性など守備範囲外ですわ。ダンスが上手く踊れないわたくしの最適な相手がフランシスだっただけです」

「そ、そうなの、ですか」

「はい。それとこれを。本当は二人きりのときにお渡ししたかったのですけど、非常事態ですから仕方がありません」

 そう言って、レティシアは先ほどの分厚い本をコレットに差し出した。

「わたくしはコレットお姉さまの味方ですわ。これを見てくださったら、きっとご理解いただけます」

 受け取った手作り風の本の表紙には、タイトルも何も書いていない。

「――これは、一体何の本でございますか?」

 その質問に、レティシアは自信満々な表情で答えを披露した。

「フランシスの個人情報(プライベートデータ)ですわ。コレットお姉さまの想い人を調べるくらい、第二王女(わたくしの立場)であれば、簡単なことですもの」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべるレティシアに、コレットは唖然とし、フランシスは己の身に起きた珍事に戦慄する。
 呆然とした二人だったが、いち早く意識を取り戻したフランシスが、自分の危機を脱するためコレットが持っている本を取り上げた。

「な、なんてものを集めたんですか! まったく、没収しますよ」

「あ! 返しなさい。ダメよ。これはコレットお姉さまにプレゼントするの!」

「必要ありません! 殿下は何を考えているのですか」

 フランシスは立ち上がり手の届かない位置まで本を挙げる。その下では膨れっ面したレティシアが取り返そうとぴょんぴょん飛び跳ねている。

「そんなことないもん! アガットお姉さまは喜んでくれたもん!」

 フランシスは耳を疑った。遥か異国のアマンド国で、この王女姉妹は一体なんということを仕出かしていたのだろうか。
 こんな間諜や密偵がやるような行為がバレれば国際問題になりかねないのに。その事実にフランシスは再び戦慄する。

「~~なんにせよ、没収です」

 個人の情報なら、そこに記されている本人にこそ扱いを決める権利があるだろう。絶対に破棄してやると心に誓ったあと、彼はここへ来た目的を果たすための手を打った。

「さて、セリア。近くの兵士に声をかけてこの男の対処をお願いします。多分暫くは伸びて起きないはずですから」

「かしこまりました」

「ちょっと、それならフランシスはどうするつもり! 職務放棄でなくって?」

「今日は殿下のエスコートが私の任務です。無事に役目は果たしましたから、この後は自由に使わせてもらいます。私は彼女と話をする約束をしていますから」

 床にへたり込んだまま、目の前のやり取りをぼんやりとみていたコレットは、フランシスに先ほどの本を手渡される。そのまま抱き上られそうになり、思わず悲鳴を上げた。

「フランシス様! いけません。私、重いですから」

 過去の気まずい経験が頭をよぎり、辞退しようと慌てるコレットを、さっさと抱き上げて、その腕に収めた。

「冗談でしょう? 羽根のように軽いですよ」

「それこそ冗談ですよね!」

 そんな軽口をたたきながら、フランシスは颯爽とその場を後にした。
 大股で立ち去る背中を恨めし気に睨みつけながら、レティシアは悪態をつく。

「――コレットお姉さまを独り占めしたら、容赦しないんだから!」





 渋々二人を見送ったあと、レティシアは伸びている男の処遇に頭を悩ませた。

「えーと。親御さんとか、知り合いを探して引き取ってもらう方がいいのかしら?」

 この時、目の前の男がコレットへ乱暴を働いたことをレティシアは把握していなかった。お披露目会の客人への対応として、一番望ましいものを選びあぐねいたのだった。

(直ぐに起きるなら休ませてあげてもいいけど、そうでないなら家に帰す方がいいわよね)

 伸びて倒れたジルベールは、当分起きそうになかった。なら知り合いを探してもらおうと決めた時だった。

「もし、レティシア殿下。よろしければ、わたくしの知り合いですので、お引き受けいたします」

 いつの間にか女性が一人立っていた。出で立ちからして招待客の一人だろう。

「あら、そういうことでしたら、ぜひお願いします。わたくしはそろそろ戻らなければなりませんので、兵士に医務室か帰りの馬車に運ぶよう伝えて下さい」

「ええ、お任せください」

 恍惚とした顔のフルールが、ジルベールの看病に名乗り出たのであった。
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