あまいお菓子にコルセットはいかが?
「ほんっっっとうに、散々な目に合ったわ」
シルフォン家を訪れたカロリーヌはコレットに愚痴を零して、憂さを晴らしていた。
お披露目会の日、体調不良のため医務室で眠りこけていたカロリーヌは、周囲の騒がしさに目を覚ます。ドタバタと激しく暴れているようで、とてもではないが寝ていられなかった。
(まったく、誰よ。元気になったなら、さっさと会場に戻りなさいよ)
頭にきて文句の一つも言ってやろうと、ベッドから出て仕切りのカーテンを開けた時だった。
「半裸のジルベールと、あられもない姿のフルールが追いかけっこしているなんて、思わないじゃない!」
言いながら、力強くテーブルに拳を振り下ろす。
先ほどから怒りで何度もテーブルに拳を振り下ろすので、お茶やお菓子は撤収済みである。
「しかも、私の悲鳴で兵士が飛び込んできて、もう大惨事よぉ」
淑女らしからぬ悲鳴を上げてしまったことが悔しくて、カロリーヌは再びテーブルに拳を振り下ろした。
しかも、である。同衾に同席した目撃者として、ゴルディバ侯爵家とカヌレア侯爵家の方々に説明を求められたのである。
「知らないわよぉ。製造元が本人に直接聞きなさいよ! 責任もって自分たちだけで解決しなさいよ!」
ガンガンテーブルを叩くカロリーヌを、コレットは生暖かい目で見守った。
(わかる、わかるわ。突然思い浮かぶ悪夢に苦しめられるその気持ち)
コレットも散々クッションを叩いて発散した記憶がある。本人にはどうすることもできないので見守るしかない。
「そのあと、家に帰ってからが、もっと酷かったんだから!」
やっと解放されて家に帰ると、何故か不在がちな両親が揃って出迎えてくれた。
どうやら事前に話が伝わったらしく、しかも壮大な誤解をしていたのだ。
「どーして、私が! 同衾したことになっているのよ!」
しかも家格を理由に男側が別の令嬢を選び、お手付きにされたうえ、捨てられたという顛末になっていた。
「お父さんが、泣いて訴えるって言いだしたの、止めるの大変だったんだから! 危うくアイツの第二夫人にされるところだったのよ!」
カロリーヌは手で顔を覆い、ソファーに沈んだ。
「しかも、お母さんが責任取ってもらえないなら、暗殺してやるってツテを使って裏社会系に話をつけて支払いまで済ませていたのよ。信じられない」
ショコル子爵家は、家格はともかく金だけはあるのだ。
「普段は顔を合わせもしないくせに、どーしてこんな時だけ連携してサクサク事を進められるのよ」
カロリーヌから見て不仲だと思っていた両親は、手を取り合って結託し、協力し合って凄まじい勢いで制裁を企てていった。
この一連の対応に奔走させられたせいで、今の今まで嘆く暇さえなかったのである。
「ちょっとコレット! 笑いごとじゃないのよ!」
普段そこまで取り乱すことのないカロリーヌが心のままに暴れている姿と、そのびっくりするような事件と顛末に、今やコレットの腹筋は崩壊寸前であった。
「ご、ごめんなさい……だって、なんだか可笑しくって」
「ああん! むしゃくしゃするわね。ミア! お菓子をありったけ出してちょうだい。こうなったら、やけ食いよ!」
この日ばかりは、誰からも止められることなくコレットの目の前に山ほどのお菓子がテーブルいっぱいに並べられたのである。
「そういえば、コレットのほうはどうなったの? ジェラト家とシルフォン家で話し合いがあったのでしょう?」
甘味で少し精神が安定したカロリーヌは、友人の恋の顛末を聞きたがった。
「私の話? そうね、両家一同城に呼ばれてお話させて頂いたわ。婚約するってこんなに大ごとだなんて知らなくて驚いたわ」
コレットが以前婚約したのは十歳の時で、子供同士であったため手続きや王家への打診は全て親が行っていた。
今回は大人として当事者として同席したので、その仰々しさに面食らったのである。
「驚いたことを後でミアに話したら、普通ですって言われたの」
「で、話し合いの結果は? そっちが気になるのよ」
「……私の婚約解消から日が経っていないことを指摘されたわ。あとゴルディバ侯爵家とカヌレア侯爵家の醜聞も気にしていたわね。私が当事者として噂に名前があがる可能性があるうちはって。南領を治める公爵家嫡男の婚約なら慎重に進めるべきだって」
「っ! どこまでも邪魔くさいやつらね」
結局その場では、しばらく期間をあけてから、もう一度話し合いをするという結論に至った。婚約するにしても最低一年は空けたほうがいいだろうとも言われたのだ。
「でもね、フランシス様が頑張ってくれたのよ」
『なら、きっかり一年後に婚約式を、今日は婚約内定の書類を取り交わしましょう』
そうはっきりと言い切ってくれたのである。
「なので、婚約内定しました!」
「! お、おめでとう! 早く教えてよ。言ってくれたならお祝いの品を用意したのに」
「そう? あ、ならお願いしたいことがあるのよ。カロリーヌしか頼めないの」
「ええ、何でも言って! 任せてちょうだい」
快く引き受けたカロリーヌの前に、お披露目会でコレットが着たドレスが広げられる。裾にばっちりワインの染みつきで。
「やっぱり赤ワインの染みは何をしても落ちなくて。何とかならないかしら?」
「どうしたのよ。コレットはワインなんか飲まないでしょ?」
「……ジルベール様がグラスを落とされてしまったの」
「!~~~っっ。あ、あいつーーー!」
止めるんじゃなかった、殺してやればよかったと、心の中で叫んだカロリーヌであった。
□□□
今日はレティシアに招待されてコレットとカロリーヌは城を訪れていた。
茶会の主催者は少々不機嫌であり、その理由は招かれた二人に向けられている。
「私のファーストダンスを、カロリーヌお姉さまは見て下さらなかったのですね」
「うっ。ごめんなさい。連日の激務で体が限界だったのよ。でも、お蔭でドレスは間に合ったのよ」
「そのドレスも、今日は着てきて下さらなかったのですね」
「ううっ。実は汚れてしまったのでお直しをしてもらっていて。仕上がったら、あのドレスでお茶会をしましょうね」
一人だけお披露目会のドレスを身にまとったレティシアが、納得できないという顔をする。
「せっかくコレットお姉さまのために、フランシスの情報を集めたのに取り上げられてしまうし、散々だわ」
「ちょっと、何よそれ。聞いてないわよ?」
面白そうな話にカロリーヌが食いついたが、コレットは慌てて首を横に振る。話すにしても、今じゃないと目配せして何とか引っ込んでもらった。
レティシアの機嫌を取るべく、コレットがお披露目会の話を持ち掛ける。
「私はファーストダンスを見ましたよ。とても上手に踊れていました。それにお披露目会はとても盛況に終わったと聞きました。おめでとうございます」
今後のレティシアの評判が左右されるお披露目会である。無事に終わったことで、関係者一同胸を撫でおろしていた。
「そうですね。お父様もお母様も喜んでくれましたし。反省点は次回に活かすことにします」
納得したレティシアは、控えていたセリアに合図してお茶のお代わりと、お菓子を所望する。
「今日は、トルテ国とアマンド国の両方のお菓子を用意してみました。食べ比べ出来て面白いでしょう?」
「そうね。どちらも方向性が違って興味深いわ」
カロリーヌとレティシアがお菓子を食べる横で、コレットはお茶を飲むだけで目の前の誘惑には一切手を伸ばさない。
その違和感に気付いたカロリーヌは首を傾げた。
「この前会った時も全然お菓子を口にしなかったわよね。どういう風の吹きまわし?」
「あまり食べすぎると、また太ってしまうでしょ。気を付けているの」
この一言に、カロリーヌは雷に打たれたような衝撃を受けた。
「あんたが、お菓子を控える? あの隙あらばバレないように食べようとする意地汚いあんたが?」
「失礼ね。私だって、もう二度と同じ轍を踏まないための努力くらいするわよ!」
フランシスは減量する前のコレットの姿を知らない。やっと婚約内定したのに、片鱗を見せてジルベールの二の舞いになっては堪らないではないか。
「あれから毎日きつめにコルセットを締めて、食欲を抑えるように努力しているのよ」
得意げに、コレットは笑顔を振りまいた。
お菓子の誘惑に、コルセットを締めあげて抵抗する。
綺麗で可愛い自分を維持するために、今のコレットは日々の努力を惜しまないのだ。
「でも一つくらい食べても大丈夫でしょ?」
「そうですわ。折角用意したのですから、一口だけでも!」
「うっ。ひ、一口だけでしたら、お付き合い、しますわ」
頑張れコレット、負けるなコレット。君の未来は今日の努力のその先に続くのだ。
シルフォン家を訪れたカロリーヌはコレットに愚痴を零して、憂さを晴らしていた。
お披露目会の日、体調不良のため医務室で眠りこけていたカロリーヌは、周囲の騒がしさに目を覚ます。ドタバタと激しく暴れているようで、とてもではないが寝ていられなかった。
(まったく、誰よ。元気になったなら、さっさと会場に戻りなさいよ)
頭にきて文句の一つも言ってやろうと、ベッドから出て仕切りのカーテンを開けた時だった。
「半裸のジルベールと、あられもない姿のフルールが追いかけっこしているなんて、思わないじゃない!」
言いながら、力強くテーブルに拳を振り下ろす。
先ほどから怒りで何度もテーブルに拳を振り下ろすので、お茶やお菓子は撤収済みである。
「しかも、私の悲鳴で兵士が飛び込んできて、もう大惨事よぉ」
淑女らしからぬ悲鳴を上げてしまったことが悔しくて、カロリーヌは再びテーブルに拳を振り下ろした。
しかも、である。同衾に同席した目撃者として、ゴルディバ侯爵家とカヌレア侯爵家の方々に説明を求められたのである。
「知らないわよぉ。製造元が本人に直接聞きなさいよ! 責任もって自分たちだけで解決しなさいよ!」
ガンガンテーブルを叩くカロリーヌを、コレットは生暖かい目で見守った。
(わかる、わかるわ。突然思い浮かぶ悪夢に苦しめられるその気持ち)
コレットも散々クッションを叩いて発散した記憶がある。本人にはどうすることもできないので見守るしかない。
「そのあと、家に帰ってからが、もっと酷かったんだから!」
やっと解放されて家に帰ると、何故か不在がちな両親が揃って出迎えてくれた。
どうやら事前に話が伝わったらしく、しかも壮大な誤解をしていたのだ。
「どーして、私が! 同衾したことになっているのよ!」
しかも家格を理由に男側が別の令嬢を選び、お手付きにされたうえ、捨てられたという顛末になっていた。
「お父さんが、泣いて訴えるって言いだしたの、止めるの大変だったんだから! 危うくアイツの第二夫人にされるところだったのよ!」
カロリーヌは手で顔を覆い、ソファーに沈んだ。
「しかも、お母さんが責任取ってもらえないなら、暗殺してやるってツテを使って裏社会系に話をつけて支払いまで済ませていたのよ。信じられない」
ショコル子爵家は、家格はともかく金だけはあるのだ。
「普段は顔を合わせもしないくせに、どーしてこんな時だけ連携してサクサク事を進められるのよ」
カロリーヌから見て不仲だと思っていた両親は、手を取り合って結託し、協力し合って凄まじい勢いで制裁を企てていった。
この一連の対応に奔走させられたせいで、今の今まで嘆く暇さえなかったのである。
「ちょっとコレット! 笑いごとじゃないのよ!」
普段そこまで取り乱すことのないカロリーヌが心のままに暴れている姿と、そのびっくりするような事件と顛末に、今やコレットの腹筋は崩壊寸前であった。
「ご、ごめんなさい……だって、なんだか可笑しくって」
「ああん! むしゃくしゃするわね。ミア! お菓子をありったけ出してちょうだい。こうなったら、やけ食いよ!」
この日ばかりは、誰からも止められることなくコレットの目の前に山ほどのお菓子がテーブルいっぱいに並べられたのである。
「そういえば、コレットのほうはどうなったの? ジェラト家とシルフォン家で話し合いがあったのでしょう?」
甘味で少し精神が安定したカロリーヌは、友人の恋の顛末を聞きたがった。
「私の話? そうね、両家一同城に呼ばれてお話させて頂いたわ。婚約するってこんなに大ごとだなんて知らなくて驚いたわ」
コレットが以前婚約したのは十歳の時で、子供同士であったため手続きや王家への打診は全て親が行っていた。
今回は大人として当事者として同席したので、その仰々しさに面食らったのである。
「驚いたことを後でミアに話したら、普通ですって言われたの」
「で、話し合いの結果は? そっちが気になるのよ」
「……私の婚約解消から日が経っていないことを指摘されたわ。あとゴルディバ侯爵家とカヌレア侯爵家の醜聞も気にしていたわね。私が当事者として噂に名前があがる可能性があるうちはって。南領を治める公爵家嫡男の婚約なら慎重に進めるべきだって」
「っ! どこまでも邪魔くさいやつらね」
結局その場では、しばらく期間をあけてから、もう一度話し合いをするという結論に至った。婚約するにしても最低一年は空けたほうがいいだろうとも言われたのだ。
「でもね、フランシス様が頑張ってくれたのよ」
『なら、きっかり一年後に婚約式を、今日は婚約内定の書類を取り交わしましょう』
そうはっきりと言い切ってくれたのである。
「なので、婚約内定しました!」
「! お、おめでとう! 早く教えてよ。言ってくれたならお祝いの品を用意したのに」
「そう? あ、ならお願いしたいことがあるのよ。カロリーヌしか頼めないの」
「ええ、何でも言って! 任せてちょうだい」
快く引き受けたカロリーヌの前に、お披露目会でコレットが着たドレスが広げられる。裾にばっちりワインの染みつきで。
「やっぱり赤ワインの染みは何をしても落ちなくて。何とかならないかしら?」
「どうしたのよ。コレットはワインなんか飲まないでしょ?」
「……ジルベール様がグラスを落とされてしまったの」
「!~~~っっ。あ、あいつーーー!」
止めるんじゃなかった、殺してやればよかったと、心の中で叫んだカロリーヌであった。
□□□
今日はレティシアに招待されてコレットとカロリーヌは城を訪れていた。
茶会の主催者は少々不機嫌であり、その理由は招かれた二人に向けられている。
「私のファーストダンスを、カロリーヌお姉さまは見て下さらなかったのですね」
「うっ。ごめんなさい。連日の激務で体が限界だったのよ。でも、お蔭でドレスは間に合ったのよ」
「そのドレスも、今日は着てきて下さらなかったのですね」
「ううっ。実は汚れてしまったのでお直しをしてもらっていて。仕上がったら、あのドレスでお茶会をしましょうね」
一人だけお披露目会のドレスを身にまとったレティシアが、納得できないという顔をする。
「せっかくコレットお姉さまのために、フランシスの情報を集めたのに取り上げられてしまうし、散々だわ」
「ちょっと、何よそれ。聞いてないわよ?」
面白そうな話にカロリーヌが食いついたが、コレットは慌てて首を横に振る。話すにしても、今じゃないと目配せして何とか引っ込んでもらった。
レティシアの機嫌を取るべく、コレットがお披露目会の話を持ち掛ける。
「私はファーストダンスを見ましたよ。とても上手に踊れていました。それにお披露目会はとても盛況に終わったと聞きました。おめでとうございます」
今後のレティシアの評判が左右されるお披露目会である。無事に終わったことで、関係者一同胸を撫でおろしていた。
「そうですね。お父様もお母様も喜んでくれましたし。反省点は次回に活かすことにします」
納得したレティシアは、控えていたセリアに合図してお茶のお代わりと、お菓子を所望する。
「今日は、トルテ国とアマンド国の両方のお菓子を用意してみました。食べ比べ出来て面白いでしょう?」
「そうね。どちらも方向性が違って興味深いわ」
カロリーヌとレティシアがお菓子を食べる横で、コレットはお茶を飲むだけで目の前の誘惑には一切手を伸ばさない。
その違和感に気付いたカロリーヌは首を傾げた。
「この前会った時も全然お菓子を口にしなかったわよね。どういう風の吹きまわし?」
「あまり食べすぎると、また太ってしまうでしょ。気を付けているの」
この一言に、カロリーヌは雷に打たれたような衝撃を受けた。
「あんたが、お菓子を控える? あの隙あらばバレないように食べようとする意地汚いあんたが?」
「失礼ね。私だって、もう二度と同じ轍を踏まないための努力くらいするわよ!」
フランシスは減量する前のコレットの姿を知らない。やっと婚約内定したのに、片鱗を見せてジルベールの二の舞いになっては堪らないではないか。
「あれから毎日きつめにコルセットを締めて、食欲を抑えるように努力しているのよ」
得意げに、コレットは笑顔を振りまいた。
お菓子の誘惑に、コルセットを締めあげて抵抗する。
綺麗で可愛い自分を維持するために、今のコレットは日々の努力を惜しまないのだ。
「でも一つくらい食べても大丈夫でしょ?」
「そうですわ。折角用意したのですから、一口だけでも!」
「うっ。ひ、一口だけでしたら、お付き合い、しますわ」
頑張れコレット、負けるなコレット。君の未来は今日の努力のその先に続くのだ。