あまいお菓子にコルセットはいかが?
「なるほどね。なかなかのゲスでクズなクソ男だったのね。ジルベール様って」
カロリーヌは、気落ちしたコレットから根掘り葉掘りことの真相を聞き出した。全てを聞き終え端的にジルベールの評価を下す。
カロリーヌは母親と一緒に生家の商いに携わることで、様々な人を見る機会にも恵まれていた。ついでに様々な階級の人とも会話するので、良くも悪くも口が達者であり、彼女の操る語彙の品性は振れ幅が広い。
カロリーヌが見る限り、ジルベールは、男として最低ラインのクズ街道を走っていると言ってよかった。悪気が無い分たちが悪いだろう、とも。
未だに全てを受け入れられないコレットは、ジルベールの悪口に敏感に反応してしまう。傷ついた心はジクジクと痛み、酷評するカロリーヌを恨めし気に見やる。
「……酷いわ、カロリーヌ」
「愛ゆえの発言なのよ。受け入れてちょうだい」
カロリーヌは、クズ男に未だ引きずられるコレットに苛ついた。
七年の歳月を思えば当然の傷心といえたが、だからといって時間は待ってはくれないのだ。グズグズしていれば舞踏会シーズンはあっという間に終わってしまう。それに少女たちはどんどん年齢を重ねてしまうものである。十七歳での婚約解消は女性側にとって痛手でしかないのだ。
「さっさと忘れてしまいなさいな、そんなクズ。結婚前で良かったと祝杯をあげましょう!」
カロリーヌは控えていたミアに合図を送り、葡萄ジュースを所望した。
彼女たちはお酒を嗜まないので、ノンアルコールの飲み物を片手に女子会を開始する。話題はもちろん失恋話でコレットの気が済むまで語りあかした。
コレットはカロリーヌ相手に気持ちを吐き出し続け、カロリーヌはあの手この手でジルベールとフルールをこき下ろす。
そうしてコレットの気持ちが整理され心が軽くなれば、徐々に笑顔が戻っていったのだった。
「ありがとう、カロリーヌ。私、明日からはがんばれそうだわ」
「それは良かったわ。あと、今日は泊らせてもらうわね。それから明日はドレスの試着をするわよ」
その言葉に、コレットはぎくりと身をすくませる。少々怠惰な生活を満喫しすぎたせいで、あちこちポヨッていたのである。
(ま、まぁ、カロリーヌ特製の魔法のコルセットがあれば、きっと大丈夫ね)
メイドたちが総力を集結して掃除したコレットの部屋で、彼女たちは眠りについたのだった。
翌日、コレットの体は見事にドレスに入ることを拒んでくれた。コルセットで締め上げたとて、はみ出る肉の存在感がすごいのである。
「昨日コレットを見た時点で、嫌な予感はしてたけどさ。これは無いわ」
カロリーヌの淡々とした声が、コレットの心をえぐる。
「こ、コルセットとガードルでなんとかならないかしら?」
「物事には限度ってものがあるのよ」
たとえ締め上げてドレスに身をおさめても、露出した肩回りや二の腕の主張が凄い。ウェストを絞っている分、不自然なバランスが出来上がり、肩や二の腕のふくらみにばかり目がいってしまうのだ。
「みっともなくて、見られたものではないわね。これはどうにかしなければマズイわ」
「お、おねがい! カロリーヌ。なんとかお直しで見られるようにしてちょうだい。肩や二の腕はボレロやストールで隠せば何とかならないかしら?」
ふくよか体型時代にカロリーヌに教えてもらった知恵である。きっと隠せば何とかなるはずだ。
「まさか。詰めた分の布地は全てカットしてしまったからドレスのお直しは無理よ。デザインを変えて今から直すとなると、時間的にもっと無理だわ」
「なら、まだ直していないドレスは? それならきっと今の体型にピッタリかもしれないわ」
「ないわ。全部直したもの」
「そんな!」
コレットの変身に感化されたカロリーヌは夜を徹して全てのドレスの手直しを終えてしまっていたのだ。
コレットの喜ぶ顔が見たくて、それはもう、ありとあらゆる無茶をしていたのだった。
「コレット。手は一つしかないわ。もう一度、痩せなさい!」
「え」
「戻すだけなんだから、何とかなるわよ!」
「うぅ、簡単に言わないで。ダイエットするだけでジル様との件が脳内を駆け巡って死にたくなるのよ」
言いながら、思い出してしまったコレットは頭を抱えて前かがみになった。
散々浮かれて、どう褒めてもらえるかだの、結婚したいだのと、そこいら中に触れ回った黒歴史が、コレットに精神的苦痛を与え続けるのだ。
「チッ。いつまでも縁の切れた男に振り回されている場合ではないのよ! 気合を入れなさい」
「ひぇ!」
カロリーヌの剣幕に、コレットは身の危険を感じた。これは反論すると十倍でやり込められる、いつものパターンでもあった。
彼女と口喧嘩をすれば、いつも泣かされるまで追い詰められるのはコレットなのだ。
積み重ねられた経験が従順に頷くことを全力で勧めてきた。
「それにね、どのドレスもデザインは私が魂を込めて考えたものよ。布地もレースもリボンもこだわりぬいて選んだの。今さら誤魔化すために手を加えるなんてデザインへの冒涜だわ。私の努力をすべて無駄にしようものなら、絶対に許さないわよ」
「そ、それは申し訳ないと思うけど……でも、ちょっとくらい何とかならないかしら?」
「コレット、既に良い金額になっているのよ。その上まだ出費を重ねるの? お金をかけてダサいドレスに直せっていうの?」
世の中には湯水のように顧客の金を使うことを良しとする商人もいるが、カロリーヌはその考え方が嫌いだった。
価格に見合った商品を提供し、顧客に喜んでもらうところまでを大切にしたい。それが彼女の商人魂なのだ。
「うぅ。頑張るけど。でも、何かこう、折衷案を――」
甘ったれた発言を続けるコレットを一瞥すると、カロリーヌは説得を諦めた。
そして信頼に足る人物に全てを任せることを決めたのである。
「ミア! あなたの主人の一大事よ! この危機的状況を打破するため、徹底的に管理なさい!」
「かしこまりました!」
「?!」
大切な主人のためである。ミアはあっさりコレットを裏切り、カロリーヌ側に下った。
こうして、再びコレットのダイエット生活が始まったのであった。
カロリーヌは、気落ちしたコレットから根掘り葉掘りことの真相を聞き出した。全てを聞き終え端的にジルベールの評価を下す。
カロリーヌは母親と一緒に生家の商いに携わることで、様々な人を見る機会にも恵まれていた。ついでに様々な階級の人とも会話するので、良くも悪くも口が達者であり、彼女の操る語彙の品性は振れ幅が広い。
カロリーヌが見る限り、ジルベールは、男として最低ラインのクズ街道を走っていると言ってよかった。悪気が無い分たちが悪いだろう、とも。
未だに全てを受け入れられないコレットは、ジルベールの悪口に敏感に反応してしまう。傷ついた心はジクジクと痛み、酷評するカロリーヌを恨めし気に見やる。
「……酷いわ、カロリーヌ」
「愛ゆえの発言なのよ。受け入れてちょうだい」
カロリーヌは、クズ男に未だ引きずられるコレットに苛ついた。
七年の歳月を思えば当然の傷心といえたが、だからといって時間は待ってはくれないのだ。グズグズしていれば舞踏会シーズンはあっという間に終わってしまう。それに少女たちはどんどん年齢を重ねてしまうものである。十七歳での婚約解消は女性側にとって痛手でしかないのだ。
「さっさと忘れてしまいなさいな、そんなクズ。結婚前で良かったと祝杯をあげましょう!」
カロリーヌは控えていたミアに合図を送り、葡萄ジュースを所望した。
彼女たちはお酒を嗜まないので、ノンアルコールの飲み物を片手に女子会を開始する。話題はもちろん失恋話でコレットの気が済むまで語りあかした。
コレットはカロリーヌ相手に気持ちを吐き出し続け、カロリーヌはあの手この手でジルベールとフルールをこき下ろす。
そうしてコレットの気持ちが整理され心が軽くなれば、徐々に笑顔が戻っていったのだった。
「ありがとう、カロリーヌ。私、明日からはがんばれそうだわ」
「それは良かったわ。あと、今日は泊らせてもらうわね。それから明日はドレスの試着をするわよ」
その言葉に、コレットはぎくりと身をすくませる。少々怠惰な生活を満喫しすぎたせいで、あちこちポヨッていたのである。
(ま、まぁ、カロリーヌ特製の魔法のコルセットがあれば、きっと大丈夫ね)
メイドたちが総力を集結して掃除したコレットの部屋で、彼女たちは眠りについたのだった。
翌日、コレットの体は見事にドレスに入ることを拒んでくれた。コルセットで締め上げたとて、はみ出る肉の存在感がすごいのである。
「昨日コレットを見た時点で、嫌な予感はしてたけどさ。これは無いわ」
カロリーヌの淡々とした声が、コレットの心をえぐる。
「こ、コルセットとガードルでなんとかならないかしら?」
「物事には限度ってものがあるのよ」
たとえ締め上げてドレスに身をおさめても、露出した肩回りや二の腕の主張が凄い。ウェストを絞っている分、不自然なバランスが出来上がり、肩や二の腕のふくらみにばかり目がいってしまうのだ。
「みっともなくて、見られたものではないわね。これはどうにかしなければマズイわ」
「お、おねがい! カロリーヌ。なんとかお直しで見られるようにしてちょうだい。肩や二の腕はボレロやストールで隠せば何とかならないかしら?」
ふくよか体型時代にカロリーヌに教えてもらった知恵である。きっと隠せば何とかなるはずだ。
「まさか。詰めた分の布地は全てカットしてしまったからドレスのお直しは無理よ。デザインを変えて今から直すとなると、時間的にもっと無理だわ」
「なら、まだ直していないドレスは? それならきっと今の体型にピッタリかもしれないわ」
「ないわ。全部直したもの」
「そんな!」
コレットの変身に感化されたカロリーヌは夜を徹して全てのドレスの手直しを終えてしまっていたのだ。
コレットの喜ぶ顔が見たくて、それはもう、ありとあらゆる無茶をしていたのだった。
「コレット。手は一つしかないわ。もう一度、痩せなさい!」
「え」
「戻すだけなんだから、何とかなるわよ!」
「うぅ、簡単に言わないで。ダイエットするだけでジル様との件が脳内を駆け巡って死にたくなるのよ」
言いながら、思い出してしまったコレットは頭を抱えて前かがみになった。
散々浮かれて、どう褒めてもらえるかだの、結婚したいだのと、そこいら中に触れ回った黒歴史が、コレットに精神的苦痛を与え続けるのだ。
「チッ。いつまでも縁の切れた男に振り回されている場合ではないのよ! 気合を入れなさい」
「ひぇ!」
カロリーヌの剣幕に、コレットは身の危険を感じた。これは反論すると十倍でやり込められる、いつものパターンでもあった。
彼女と口喧嘩をすれば、いつも泣かされるまで追い詰められるのはコレットなのだ。
積み重ねられた経験が従順に頷くことを全力で勧めてきた。
「それにね、どのドレスもデザインは私が魂を込めて考えたものよ。布地もレースもリボンもこだわりぬいて選んだの。今さら誤魔化すために手を加えるなんてデザインへの冒涜だわ。私の努力をすべて無駄にしようものなら、絶対に許さないわよ」
「そ、それは申し訳ないと思うけど……でも、ちょっとくらい何とかならないかしら?」
「コレット、既に良い金額になっているのよ。その上まだ出費を重ねるの? お金をかけてダサいドレスに直せっていうの?」
世の中には湯水のように顧客の金を使うことを良しとする商人もいるが、カロリーヌはその考え方が嫌いだった。
価格に見合った商品を提供し、顧客に喜んでもらうところまでを大切にしたい。それが彼女の商人魂なのだ。
「うぅ。頑張るけど。でも、何かこう、折衷案を――」
甘ったれた発言を続けるコレットを一瞥すると、カロリーヌは説得を諦めた。
そして信頼に足る人物に全てを任せることを決めたのである。
「ミア! あなたの主人の一大事よ! この危機的状況を打破するため、徹底的に管理なさい!」
「かしこまりました!」
「?!」
大切な主人のためである。ミアはあっさりコレットを裏切り、カロリーヌ側に下った。
こうして、再びコレットのダイエット生活が始まったのであった。