アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

異変

 オルキデアが女性を保護してから六日が経った。

 予定通り、明朝に野営地を発ったオルキデアの部隊は、その日の内にペルフェクトとシュタルクヘルトの国境沿いにある軍の基地に入った。

 基地には、軍事施設と、女性を見つけた軍事医療施設の襲撃に参加していた部隊が、続々と戻ってきていた。

「おい。読んだか? シュタルクヘルトの新聞」
「ああ。電子版が配信されていたな」

 軍には定期的に、シュタルクヘルトに潜入中の諜報部隊から、国内新聞の電子データが届けられる。
 届き次第、広報を兼任する兵が食堂や会議室に貼り出すが、将官以上ならば、自分の執務室から電子版を読む事も可能だった。

(新聞か……。そういえば、昨日、新しいものが出ていたが、まだ読んでいなかったな)

 将官以上が利用出来る食堂で、遅めの朝食を取っていたオルキデアは、後ろから聞こえてくる会話に聞き耳を立てたのだった。

「先日の軍事施設と軍事医療施設の襲撃で、あそこに居た者は全員死んだらしい。全員敵軍と敵国の関係者だったらしいが」
「ああ。うちの捕虜が囚われていると聞いたのにいなかったんだってな。こっちの情報が漏れてる可能性があるとか」
「死体によっては、身元の判別も難しいらしいな。身元の特定に難航しているとか」

 どうやら、オルキデアが捕虜とした女性も含めて、生存者はいないと、敵国は発表したことになっているらしい。
 女性について、軍には必要最低限の情報しか報告していない。ーー特に、シュタルクヘルトの、国家の深い関係者であることは。

 国家の関係者であるのが軍の上層部に伝わってしまえば、おそらく、記憶がないのいいことに、女性を利用して、シュタルクヘルトとの戦争を優位に進めようとする。
 それか、敵軍や敵国の情報を絞り取ろうと、記憶を取り戻させる為に、ありとあらゆる非道な手を使うかもしれない。

 女性を利用することで、戦争が優位に進めばいいが、その逆になったら元も子もない。
 だからこそ、女性の扱いについて、オルキデアは慎重にならざるを得なかった。

 今のところ、定期的に女性の様子を見に行かせているアルフェラッツからは、記憶が戻ったという報告はない。
 記憶が戻るまで、女性については、「襲撃地の近くに倒れていた民間人」として、軍の上層部に通すつもりであった。

「身元ねぇ……。敵軍には認識票は無いのか? オレたちは持たされているよな。名前や所属が書かれた認識票をさ」
「軍事施設の兵や治療中だった兵、治療に当たっていた軍医は持っていたらしいが、それ以外の……民間人の医療関係者は持ってないらしいな」
「はっ! 民間人を軍施設で働かせるとは、敵は何を考えているんだか」

 有益な話はないと知ると、オルキデアは食事を済ませて立ち上がろうとする。
 すると、後ろで話している一人が「それで」
 と話題を変えたのだった。

「身元不明者の中に、シュタルクヘルトの元王家の娘がいるらしいんだ」

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