アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「シュタルクヘルトの元王家? あそこは王政を廃止して長いだろう。王家なんて存在しているのか?」

 シュタルクヘルトも、元々はペルフェクトと同じ王政国家であった。
 しかし数十年前、このペルフェクトで王政を廃止しようとクーデターが起こった。
 主だった者はペルフェクト軍に捕らえられたが、国外に逃亡した一部のクーデターのメンバーは、シュタルクヘルトの議会を乗っ取った。
 この頃、既に下火であったシュタルクヘルトの王家は、乗っ取られた議会によって廃止され、当時の国王は退位させられたのだった。

「廃止された後も、王家は細々と暮らしていたらしい。ここ数代前の元王家の人間の中には、起業家として会社を起こし、巨額の富を得た者もいたとか」
「元王族が起業家ねぇ〜」
「今でも議会や軍に乞われれば、軍事施設に寄付もしているらしい。慰問もな。主に慰問は子供が行っているらしい。今の元王家には十三人も子供がいるからな」

 その話なら、オルキデアも聞いた事があった。
 今のシュタルクヘルトの元王家の当主には、愛人の子供を含めて、男子が七人、女子が六人の十三人の子供がいると。
 ただし、男子は軍人として命を落とした者もおり、女子の大半も他家に嫁入りしてしまったらしいが。

「元王家の慰問か……」
「ああ。今回も慰問として、元王家の娘がたまたま襲撃地に居たらしい。それも襲撃の日に」
「という事は、死者の中にいるのか?」
「おそらくは。身元不明者の中に含まれているんじゃないかってな。確か、九番目の子供だったか? 名前は……」

 そこまで聞くと、オルキデアは空になったトレーを持って立ち上がる。
 食堂を出たところで、保護した時から女性を任せている医師と出会う。

「ラナンキュラス少将、こちらにいましたか」
「そうだが。何かあったのか?」

 女性の、というまでもなく、医師は頷いた。

「ええ。少々、困ったことになっていまして」
「わかった。ここでは人目があるな。俺の執務室に行こう」

 オルキデアは医師を伴うと、執務室として借りている部屋に向かったのだった。

 足の踏み場もなく、書類と本と酒瓶で散らかった執務室に入ると、オルキデアは照明を点ける。
 この部屋を借りて、数週間しか経っていないが、忙しいのを理由に片付けが疎かになっていた。
 落ち着いたら、この基地から撤収することになるだろう。それまでに部屋を片付けなければならない。

 片付けが苦手でも、今回は一人で片付けないといけない。
 そうしなければ、いつも片付けを手伝ってくれて、今は別任務中の士官学校時代からの親友に怒られそうだった。

「それで、彼女に何があったんだ?」

 オルキデアは執務室に入ると、慣れたように本と書類を掻き分けて、執務机に備え付けの椅子に座る。
 医師は慎重に本と書類の間を歩いてくると、執務机に近寄ったのだった。

「記憶は戻りませんが、襲撃時に負った怪我は治ってきました。が、どうも様子がおかしいのです」
「様子がおかしい?」
「ええ。まず、新しい怪我が増えているのです」

 医師の話によると、毎朝、女性の病室を訪れて診察をすると、昨夜までには無かった切り傷や擦り傷、痣が増えていることがあるらしい。
 酷い時は、手術衣が破れている日もあった。
 怪我はどれも浅い傷で、最初は気にしていなかったが、日に日に怪我の数が増えてきていた。
 毎日ではないので、何か理由があるかもしれないと。

「怪我……。自傷か?」
「いいえ。自傷出来るような道具は、部屋に置いておりません。自傷だけならまだいいですが……、自死されては困りますから」

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