アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 次の日の朝、自宅に戻ったクシャースラが目を覚ますと、まだオルキデアが部屋で寝ている事を、通いで来ているセシリアに教えられる。
 昨晩、寝落ちしたオルキデアを連れたクシャースラは、迷った末に、近々、夫婦となる自分たちの新居にオルキデアを寝かせたのだった。

 既にクシャースラはこの新居に住み始めており、正式に結婚をしたら、今は毎朝通いで来ているセシリアも、実家からここに移り住む予定であった。
 こじんまりとしているが、セシリアの実家にも近く、また軍部にも近いこの新居をクシャースラは気に入っていた。ーーまさか未来の妻より先に、酔い潰れた親友が泊まるとは思わなかったが。

 昨晩、自宅に戻ってくると、セシリアが使う予定の部屋に毛布を敷いて、オルキデアを寝かせた。
 セシリアにはまだこの事を伝えていなかったが、昨日の朝、オルキデアに結婚を報告すると言っていたので、うちに泊まるだろうと思ったのだろう。

 何も聞かなくても、二日酔いしているであろう二人の為に、野菜を細かく刻んだ胃に優しいスープを用意してくれたので、何と礼を言えばいいのかわからなかった。

 朝の仕事があるからと、先に帰るセシリアを見送り、温め直したスープを食べていると、ようやく寝ぼけ眼の親友が起きてきたのだった。

 ーーそういや、オルキデアの寝顔は初めて見た気がするな。

 士官学校の寮も、軍の独身寮もずっと別部屋であり、オルキデアの寝起きする姿を見るのはこれが初めてであった。

「おはようさん」
「ああ、おはよう」

 二日酔いがひどいのか頭を押さえて、オルキデアは向かいの椅子に座る。

「ここで寝てるって事は、もしかして……」
「寝落ちしたから、おれの家に連れて来た」

 以前、ここに引っ越す際に、独身寮からこの新居までの荷運びを、オルキデアにも手伝ってもらった。
 それもあって、ここがどこなのか言わなくてもわかったのだろう。

「すまない。面倒をかけたな」
「朝食は? セシリアが消化にいいスープを用意してくれたが」

「いただこう」と眉間を押さえたオルキデアが答えると、クシャースラはキッチンに向かう。

 軽く温め直したスープをよそって戻ってくると、顔を洗って来たのか、オルキデアの寝ぼけ眼はすっかりなくなっていた。
 それを残念に思いながら、「ほら」と目の前にスープを置く。

「クシャースラ、昨晩だが……」

 クシャースラが席に着くなり、親友は濃い紫色の瞳を向けてくる。

「……色々言ったが、とにかく結婚おめでとう」

「ああ」と返事をしてすぐに、クシャースラは思い直して口を開く。

「色々の部分は忘れた。おれも相当酔っていたみたいだ」

 ここでの「色々」というのは、おそらく、ようやく胸筋を開いて話してくれた、オルキデアの両親や自身に関する話を指しているのだろう。

(別に気にしなくていいんだがな……)

 誰にだって、自分が抱えている悩みや真情を吐露したくなる時がある。
 話しづらい内容でも、つい誰かと話している時に、口を滑らせてしまう時があるかもしれない。
 誰かにその悩みを聞いて欲しいと、考える事もあるだろう。

 親友にとっては、お酒の力を借りなければ話せなかっただけであって。

 ただそれを覚えていると、今後の友情関係に影響してくるのなら、今は忘れた振りをしよう。
 再びーー今度は素面の時に話してくれる、その日まで。
 そう、クシャースラは密かに決めたのだった。

「……そうか」

 それだけ呟くと、オルキデアはスープを口に運んだのだった。

 二人は一言も話さずにスープを飲み干すと、親友は無言のまま帰って行ったのだった。
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