アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
(これを着れるということは、シュタルクヘルト家の一員であるということ。一族にーー父に存在を認められたということ。だから、ずっとこの軍服が欲しかった)

 これまで、父は慰問どころかシュタルクヘルト家が関する行事には、何も参加を許されなかった。
 兄弟姉妹の誕生日には贈り物を送っても、アリサの誕生日には何もくれなかった。
 学校にも通わせてもらえず、家に関する事は何もさせてもらえず、屋敷の敷地内から勝手に出る事さえ許されなかった。
 何も「もらえなかった」からこそ、父から始めてこの軍服を貰った時は、とても嬉しかった。
 たとえ、父自らがくれなかったとしても。
 それなのにーー。

(貰った時はあんなに嬉しかったのに。でも、今は何とも思わない……何も感じない)

 シュタルクヘルト家に居た頃は、父や誰かに必要とされたくて必死だった。
 その為に、勉強も頑張ったし、いつの日か役に立つかもしれないと、家事も少しずつ覚えた。
 今は息を潜めるように生きているが、いつかは父が自分を必要としてくれると、ただそれだけを信じて。

 けれども、この国に来てからはーーオルキデアと出会ってからは、必死にならなくても必要としてくれた。
 勿論、片付け要員や契約婚の相手という目的はあるだろう。
 それでも、必死にならなくても、ただそこに居るだけで、オルキデアはアリーシャを必要としてくれた。
 他の人たちにとっては当たり前のことかもしれない。
 でも、アリーシャにとっては、それが無性に嬉しかった。

(頑張ろう。もっとオルキデア様の役に立とう。約束が果たされるその日まで)

 オルキデアの母親であるティシュトリアが縁談を諦めるか、別の想い人役をみつけるか、オルキデア自身が最愛の人を見つける時まで、仮初めの妻を演じよう。
 命の恩人で、初めてアリーシャを必要としてくれたあの人の為にも。

「よし!」

 アリーシャは軍服を一度ベッドの上に置くと、ベッド脇のサイドテーブルの側にあったカバンを持ち上げる。
 ベッドの上にカバンを置くと、中身をベッドの上に広げて、これから生活していく上で足りないものが無いか確かめる。
 それが終わると、それぞれクローゼットの空きスペースや、ベッド下の備え付けの引き出しにしまったのだった。

 そうして、空になったカバンを前に、アリーシャは再び白色の軍服を手に取る。
 アリーシャは軍服をぎゅっと抱きしめて、シュタルクヘルト家(国とあの家)との別れをしばし惜しむと、カバンの奥に軍服を押し込める。
 もう二度と、この服に袖を通すことはないだろうと思いながら。
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