アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 部屋にやってきたアリーシャを追い返すことも出来ず、またプロキオンが期待をするようにオルキデアとアリーシャを交互に見つめてきたことから、覚悟を決めるしかなかった。
 淹れたてのコーヒーを配り終えたアリーシャを傍らに呼ぶと、プロキオンに紹介する。

「中将、こちらは俺の妻であるアリーシャです。アリーシャ、こちらはプロキオン中将。俺の上官だ。アルフェラッツは知っているな。ここに引っ越す際に会っているな」

 アリーシャはこくりと頷くと、立ち上がったプロキオンに向き直る。

「初めまして。オル……主人がお世話になっております。アリーシャ・ラナンキュラスと申します」

 赤銅色のドレスに着替えてきたアリーシャは、プロキオンに優雅に一礼をする。
 それに答えるように、プロキオンは胸元に手を当てると一礼をした。

「初めまして。ラナンキュラスの上官のワイアッド・プロキオンです。お会いできて光栄です」

 普段の姿からは考えられない優雅な一礼の後、片手を差し出してきたプロキオンに、アリーシャは一瞬固まったようだが、恐る恐る手を伸ばすと、その手を取っていた。
 オルキデアが見守っている中、二人はしっかり握り合ったのだった。

「伏せっていると聞きましたが、お身体はもういいのですか?」

 手を離したプロキオンに聞かれたアリーシャが、傍らのオルキデアを振り返った。
 オルキデアがそっと目を逸らすと、戸惑う様にプロキオンに向き直ったアリーシャが、「そうですね……。まあ……」と苦々しく返していたのだった。

「お出迎えが遅くなり申し訳ありません。支度に手間取っておりまして」
「こちらこそ、気を遣わせたようですみません。少し休んだら、すぐに帰ります」

 オルキデアの隣にアリーシャが、プロキオンの隣にアルフェラッツが座るとーーアルフェラッツは、「上官と席を共にするなど」と固辞したが、上官二人が説得した。プロキオンは感慨深い気持ちで話し出した。

「まさか、あのオルキデアの奥さんがこんなべっぴんさんとはな……」
「べっぴんだなんて、そんなことは……」

 恥ずかしそうにするアリーシャに「謙遜しないで下さい」と、プロキオンは首を振る。

「ずっと考えていたんです。コイツが結婚するとしたらどんな相手だろう、と。
 コイツは無茶をしがちなので、支える相手はそうとう苦労をするはずです」
「中将……」

 呆れたようにオルキデアは呟くが、プロキオンは首を振る。

「それでも、頼りになる奴であることは俺が保証します。……コイツをお願いします」
「はい……」
「ついでに、コイツが無茶しないように見張っていて下さい。特に夜は」
「中将」

 一夜の女遊びについて言っているのだろうが、アリーシャの手前言い返すことも出来ず、睨みつけるだけに留まる。
 それを知らないだろうアリーシャは「わかりました」と笑い返す。

「夜更かししないように見張りますね」
「いや、そうでは……」

 仮初めの新婚夫婦を前に、上官と部下は笑う。
 それから、アリーシャとの出会いや取り留めのない話を聞くと、二人は暇を告げたのだった。
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