アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

勝負の日

 その日は朝からどんよりとした雲が空を覆い、曇天が広がっていた。
 いつ天気が崩れるかわからないので、アリーシャも屋敷にこもっているようであった。
 暇を持て余しているのか、定期的に洗濯物の乾燥具合を確認しつつ、廊下や廊下の窓を掃除しているようであった。

 先程、アリーシャに声を掛けたところ、「掃除はオルキデア様の邪魔にならない昼間じゃないと出来ないで」と言われてしまった。

 それに対して、オルキデアは「掃除ならマルテかセシリアがやるから、別にやらなくていいぞ」と言ったが、アリーシャは首を振ると、「おふたりだって忙しいのに、家についてやってもらうばかりではいけないので」と返してきたのだった。

 どうも、夜間の掃除はオルキデアの安眠を妨げるかもしれないと思っているようだ。
 その辺りはあまり気にしないのと、以前から最低限の掃除はマルテやセシリアが来た時にやってくれるので、掃除自体を気にした事が無かった。
 やはり、住んでいる自分たちが何もしないのは居心地が悪いのだろう。
 アリーシャの心掛けは素晴らしいものであり、オルキデアも手伝いたいところではあるが、そうは言っていられない事情が出来た。

 二日前、軍部の執務室の留守を任せているラカイユから連絡があった。
 ティシュトリア・ラナンキュラスが、執務室を尋ねて来たらしい。
 軍部の入り口で、オルキデアはしばらく休暇を取っており不在にしていると聞いたらしいが、真偽を確かめに執務室までやってきたそうだ。

 その時は、偶然ラカイユがオルキデアの代わりに執務室で書類仕事をしており、執務室にやって来たティシュトリアを追い帰したらしい。
 軍部の入り口までティシュトリアを送りながらラカイユからも、「ラナンキュラス少将は、しばらく休暇を取って屋敷に帰っている」と言ったらしい。
「屋敷を尋ねに行くのも、時間の問題だと思われます」と、ティシュトリアを送ってすぐにラカイユから連絡が来たのだった。

 アリーシャにもティシュトリアについて伝えようか悩んだが、緊張から落ち着きを無くしてボロを出すのではないか、不安から自信を無くしてしまうのではないか、と考えてしまい、結局伝えていなかった。
 ただ、本人は何かあれば、自分に合わせるように伝えるつもりであったのと、ティシュトリアとの間に何かあれば自分が割って入るつもりであった。
 またアリーシャが傷ついたり、困ったりしないように、今度こそ自分が守るつもりだった。

(こっちに付き合ってもらう以上、これくらいはしなくてはな)

 もう、アリーシャが怒りも涙もグッと堪えて、自らの内側に引きこもる姿を見たくなかった。
 それをされるくらいなら、やつあたりでも何でもいい。
 その怒りを自分にぶつけて欲しかった。
 グッと堪えられてしまうと、自分が頼りないと暗に言われているようでーー頼りないのは否定しないが。悔しかった。

 アリーシャの前では誠実でありたい。
 クシャースラほど生真面目になる必要もないが、アリーシャが安心して、頼ってくれるように。
 その為にも、まずオルキデア自身が態度を示すべきだろう。
 こっちがその態度を示さないのに、ただ「頼れ」と言っても、言われた側が困るだけだ。
 アリーシャが胸襟を開いてくれる、その時まで。
 彼女が、心の底から笑みを浮かべられる時まで。
 何度でも示すつもりであった。

 そんなことを考えていると、部屋の中に呼び鈴の音が響いた。
 それと同時に、扉をノックして「オルキデア様……」と、アリーシャがおずおずと入ってきたのだった。
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