アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「どうした?」
「窓を拭いていたら、門を開けて入ってくるお客様の姿が見えたんです……女性でした」
「女性? まさか……」
アリーシャはこくりと頷いた。その間も、呼び鈴は断続的に鳴っていた。
「はい、以前にもお会いしたことがあります……ティシュトリアさんです」
オルキデアは大きく息を吐いた。「ようやく来たか」と呟く。
「俺が出よう。君は支度をして、応接間に来てくれ」
窓掃除をしていたアリーシャは、髪を一つに結び、白いブラウスの襟には汚れが付いていた。
そんな姿でティシュトリアの前に出たら、格好の的だろう。
「わかりました。後ほど、着替えて伺います」
「ああ。不安になることはない。俺がいるからな……俺に合わせるだけでいい」
立ち上がってアリーシャに近づくと、そっと肩に触れる。
見上げてくる菫色の瞳に向かって大きく頷くと、部屋を出たのだった。
ひっきりなしに鳴り続ける呼び鈴にうんざりしながら、オルキデアは玄関を開ける。
「あら、やっぱり居たのね。居留守を使っているのかと思ったわ」
ダークブラウン色の髪を頭の上で一つにまとめ、臙脂色の今年の流行りの型のドレスを纏ったティシュトリアはニコリと笑ったーー目は引きつっていたが。
「二階の自室に居たので、お出迎えが遅くなってすみません」
「もう、休暇で屋敷に戻るなら、先に教えて欲しかったわ。知らずに軍部に行って、恥ずかしい思いをしちゃったわ」
数通の封筒を両手で抱えながら、やれやれという顔をされる。
「それは失礼しました。何しろ、母上の連絡先を知らなかったので」
知らない顔をしているが、ティシュトリアがどこに住んでいるのかは、ラカイユの調査で判明している。
現在、ティシュトリアはシュタルクヘルトから寝返った元高級士官の家に住んでいるらしい。
ペルフェクトに寝返った際に、高級士官しか知り得ない、敵軍に関する貴重な情報を軍部に提供したことで、軍部からペルフェクトの市民権を与えられたそうだ。
更にその際に得た報酬の一つとして、貴族街の一角に屋敷を与えられ、愛人であるティシュトリアと共に住むのを許されていた。
「そう? オーキッドのことだから、知っていると思っていたわ。貴方は私の自慢の息子だもの」
「そうですか。ひとまず、立ち話もなんですので、中へどうぞ」
ティシュトリアを屋敷に入れると、応接間に案内したのだった。
プロキオンたちから贈られた数々の結婚祝いがまだ部屋の隅に残る応接間に、二人は向かい合って座る。
「早速だけど、あれからまた何人か見つけてきたのよ……」
ソファーに座るなり両手に抱えた封筒から書類を出そうとするティシュトリアを「母上」と制す。
「もう、その必要はありません」
「どうして? あっ、もしかして、前回のランタナ伯爵に決めたの?」
顔を綻ばせるティシュトリアに、頭を振って否定する。
「ご報告が遅れて、申し訳ありません。
先日、コーンウォール家の遠縁の娘と結婚しました。名前をアリーシャと言います」
そうして、結婚指輪が見えるように、左手を顔の前まで上げたのだった。
「窓を拭いていたら、門を開けて入ってくるお客様の姿が見えたんです……女性でした」
「女性? まさか……」
アリーシャはこくりと頷いた。その間も、呼び鈴は断続的に鳴っていた。
「はい、以前にもお会いしたことがあります……ティシュトリアさんです」
オルキデアは大きく息を吐いた。「ようやく来たか」と呟く。
「俺が出よう。君は支度をして、応接間に来てくれ」
窓掃除をしていたアリーシャは、髪を一つに結び、白いブラウスの襟には汚れが付いていた。
そんな姿でティシュトリアの前に出たら、格好の的だろう。
「わかりました。後ほど、着替えて伺います」
「ああ。不安になることはない。俺がいるからな……俺に合わせるだけでいい」
立ち上がってアリーシャに近づくと、そっと肩に触れる。
見上げてくる菫色の瞳に向かって大きく頷くと、部屋を出たのだった。
ひっきりなしに鳴り続ける呼び鈴にうんざりしながら、オルキデアは玄関を開ける。
「あら、やっぱり居たのね。居留守を使っているのかと思ったわ」
ダークブラウン色の髪を頭の上で一つにまとめ、臙脂色の今年の流行りの型のドレスを纏ったティシュトリアはニコリと笑ったーー目は引きつっていたが。
「二階の自室に居たので、お出迎えが遅くなってすみません」
「もう、休暇で屋敷に戻るなら、先に教えて欲しかったわ。知らずに軍部に行って、恥ずかしい思いをしちゃったわ」
数通の封筒を両手で抱えながら、やれやれという顔をされる。
「それは失礼しました。何しろ、母上の連絡先を知らなかったので」
知らない顔をしているが、ティシュトリアがどこに住んでいるのかは、ラカイユの調査で判明している。
現在、ティシュトリアはシュタルクヘルトから寝返った元高級士官の家に住んでいるらしい。
ペルフェクトに寝返った際に、高級士官しか知り得ない、敵軍に関する貴重な情報を軍部に提供したことで、軍部からペルフェクトの市民権を与えられたそうだ。
更にその際に得た報酬の一つとして、貴族街の一角に屋敷を与えられ、愛人であるティシュトリアと共に住むのを許されていた。
「そう? オーキッドのことだから、知っていると思っていたわ。貴方は私の自慢の息子だもの」
「そうですか。ひとまず、立ち話もなんですので、中へどうぞ」
ティシュトリアを屋敷に入れると、応接間に案内したのだった。
プロキオンたちから贈られた数々の結婚祝いがまだ部屋の隅に残る応接間に、二人は向かい合って座る。
「早速だけど、あれからまた何人か見つけてきたのよ……」
ソファーに座るなり両手に抱えた封筒から書類を出そうとするティシュトリアを「母上」と制す。
「もう、その必要はありません」
「どうして? あっ、もしかして、前回のランタナ伯爵に決めたの?」
顔を綻ばせるティシュトリアに、頭を振って否定する。
「ご報告が遅れて、申し訳ありません。
先日、コーンウォール家の遠縁の娘と結婚しました。名前をアリーシャと言います」
そうして、結婚指輪が見えるように、左手を顔の前まで上げたのだった。