アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「そう考えているとは思わなかった」
「ずっと考えていました。改めて、ありがとうございました。こんな私を助けてくれて、傍に置いてくださって」

 頭を下げるアリーシャを感慨深い気持ちで見つめる。
 なんと声を掛けようか考えた末に、当たり障りのない言葉に留める。

「買い被り過ぎだ。俺は何もしていない。全て君自身が切り開いたんだ」

 アリーシャの肩に触れると、そっと離れて必要な物を取って厨房を出たのだった。

 あれ以上、あそこに居たらオルキデア自身が我慢出来なかった。
 ティシュトリアの件が一応、解決した以上、もうアリーシャと一緒に住む必要はない。
 仮初めの契約結婚も、続ける必要はなくなるだろう。

 しばらくはティシュトリアも軍に睨まれて、自由に身動きが取れない筈だ。
 次にティシュトリアが縁談の話を持ってくるのがいつになるかはわからないが、それまでアリーシャを拘束するつもりはない。

 ティシュトリアの件が解決して、喜ぶのと同時に、アリーシャとの別れの時が近づいているのも確かだった。
 それに気付いているからこそ、アリーシャもこのタイミングで、恩返しと言い出したのだろう。

 アリーシャを離縁すれば、オルキデアはまたあの執務室での泊まり込み生活に戻り、この国のどこかに住むであろうアリーシャと気軽に会えなくなる。
 アリーシャが呼ぶなら、いつでも駆けつけるつもりだが、シュタルクヘルトとの戦争が続いている以上、いつ戦場に駆り出されるかわからない。
 もしかしたら、戦場で戦死する可能性もある。
 そうなれば、アリーシャと会うのは、もう二度と叶わない。

 伝えたい想いがあるなら、伝えなければならない。
 けれども、その想いは彼女を傷つける可能性もある。
 もしかしたら、彼女との今後の関係にも関わってくるかもしれない。
 そう考えたら、簡単には口に出来なかった。

 自室に戻って息を吐くと、厨房から持ってきた物をテーブルの上に置く。
 他に必要な物は無いかと、考えていた時だった。
 ドーンという高い音と共に地面が揺れ、昼間の様に空が明るくなったのだった。

「敵襲か!?」

 明かりが消えた室内でとっさに身を伏せるが、それ以外の衝撃は襲って来なかった。

「雷が落ちたのか……?」

 この様子だと、屋敷の近くに落ちたのだろう。
 遠くの空ではゴロゴロと雷が鳴っていた。
 王都では滅多にないが、郊外の山間部ではよくある話らしい。
 落雷の衝撃で屋敷内の電気系統がショートしたので、屋敷の裏手にある分電盤を見に行かなくてはならない。

 机の側に立て掛けていた懐中電灯を手探りで見つけて明かりをつけると、ようやく立ち上がる。

(この様子だと、クシャースラたちの家も見に行った方がいいか)

 この近くに雷が落ちたことでこの屋敷が停電したのなら、メイソンたちのコーンウォール家と、クシャースラたちのオウェングス家も同じ状況だろう。
 コーンウォール家は問題ないだろうが、もし、オウェングス家にクシャースラがおらず、セシリアしかいないようだったら、様子を見に行った方がいい。セシリア一人では、復旧や片付けは大変だろう。

「まずは、うちの復旧が先だな」

 オルキデアは懐中電灯を片手に廊下に出た。自室と同じ様に、明かりが落ちて真っ暗な廊下を確認していた。
 すると、遠くから何か金属が落ちた様な音が聞こえてきた。
 それに続く様に女性の悲鳴が上がり、その後、泣き叫ぶ声も聞こえてきた。

「アリーシャ!?」

 パニックになっているのだろう。叫び声はどんどん酷くなっていた。

「アリーシャ!!」

 居てもたってもいられず、オルキデアは無我夢中でアリーシャの元へと駆け出したのだった。
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