アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 しばらくして、アリーシャが落ち着くと、オルキデアはそっと身体を離してくる。

「落雷の衝撃で、屋敷内が停電したようなんだ。俺は屋敷の裏手にある分電盤を確認しに行く。
 後で迎えに来るから、君はここで待っていてくれ……」
「いや!」

 懐中電灯を拾い上げようと伸ばした腕に、アリーシャは縋り付く。

「わ、たし、も、いっしょ、いく……」

 消え入るような涙声で訴えてくるアリーシャをじっと見つめ返してきたオルキデアだったが、やがて「わかった」と素っ気なく返しただけであった。

「その代わり、手を繋ごう。屋敷内は暗くて危ないからな」

「さあ」と手を差し出されて、アリーシャが握り返すと、オルキデアは懐中電灯で二人の足元を照らしながら歩き出したのだった。

 先導するオルキデアに手を引かれながらも、アリーシャは啜り泣いていた。

(また迷惑かけちゃった……)

 一緒に行くと行った時の冷たい反応、きっと呆れられてしまったのだろう。

(ただの雷で泣いて騒ぐなんて子供みたい。食料庫まで散らかして)

 シュタルクヘルト(あっち)にいた頃は、落雷くらいで怯えたり、泣いたりしなかった。
 暗い部屋で泣き叫ぶようなことも、怖い時に誰かにすがって泣くことさえなかった。
 分電盤の確認を終えたら、食料庫に戻って散らばった銀器を片付けなければならない。
 早く、いつも通りの自分に戻らなければ。

 それなのに、何故か涙は止まらず、泣いた分だけ無力感と虚しさが胸の中に広がっていった。

(どうして、いつも迷惑しかかけられないんだろう)

 オルキデアに助けてもらってから、ずっと迷惑ばかりかけてきた。
 彼の優しさに甘えて、頼ってばかりいた。
 本当は迷惑だったのかもしれないのに。

(こんなに迷惑をかけるくらいなら、あの時、助からなければ良かった)

 他の治療中の兵やスタッフと同じように、あの襲撃の時に死んでしまえば良かった。
 本当ならあの時、アリーシャも治療中の兵の側についているか、スタッフと一緒に居たはずだった。
 たまたまリネン室で泣いていて、たまたま襲撃時の直撃を免れたから助かった。
 ただ、それだけ。

 助かったものの、記憶喪失で何の役にも立たず、オルキデアたちペルフェクト軍が欲しかったであろう情報も持っていなかった。
 シュタルクヘルト家の爪弾き者だから、アリーシャ自身にも何の価値もない。
 生きているだけ、無駄な存在。ーーただのお荷物、ただの邪魔者。

(本当になんで助かったんだろう)

 誰か一人だけ生き残れるのなら、自分以外のもっと役に立つ人が生き残れば良かった。
 生きていても何の意味もない、自分じゃなくて。

(今だって、私に呆れているから、オルキデア様はずっと黙っているんだ……)

 ぐいぐいと手は引かれるが、食料庫を出てからずっと黙ったままで何も喋らない。
 ただ、遠くの方で雷鳴と、自分が鼻を啜る音だけが聞こえてくるだけで。

(呆れさせてごめんなさい。迷惑をかけてごめんなさい。いっぱいいっぱい迷惑かけてごめんなさい……)

 心の中で繰り返していた謝罪は、いつの間にか口に出していた。

「ごめんなさい……。迷惑をかけてごめんなさい……。ごめんなさい……」

 繋いでいない方の手で涙を拭きながら、ずっと謝罪を繰り返していた。

「ごめんなさい……。ごめんなさい……。生きていてごめんなさい……」
「謝るな!」

 前を歩いていたオルキデアが、急に叫ぶと立ち止まったのだった。
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