アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 叫び声に驚いた拍子に「ひっ!」と声が漏れた。

「ご、ごめんなさい……」
「そう何度も謝らないでくれ」

 オルキデアが手を離したと思った次の瞬間、アリーシャは腕の中にいた。

「どう声を掛けたらいいか、わからなかったんだ。……怖がらせたならすまない」
「そ、んな、こと、ない、です……」

 すると、オルキデアの腕に力が入る。

「すまなかった……」
「どうして、オルキデア様が、謝るんですか……?」
「君がこうなったのは、俺たち、ペルフェクト軍が医療施設を襲撃したからだ。
 それが無ければ、今頃君は泣いていなかった。怖がることも無かったはずだ」
「ち、違う……! オルキデア様は悪くない、です……」
「そうか?」

 泣き腫らし顔のアリーシャが何度も頷く。

「オルキデア様はお仕事でされただけであって、私や特定の誰かを目的とした訳ではないから……です」

「それに」と見上げるアリーシャの瞳から、涙が溢れる。

「あの襲撃が無ければ、私たちは出会わなかった……。私はずっとシュタルクヘルト(あの)家に縛られたままでした。
 家や国の外には、こんなにたくさんの人や物があるって、知らないままでした……」

 あの襲撃が無ければ、オルキデアと出会えなかった。
 オルキデアと出会えなければ、シュタルクヘルトの外には、たくさんの人や素敵な物が溢れているのを知らないままだった。

「だから、感謝しています。貴方を含めたたくさんの人と知り合うきっかけをくれたことを。
 両手に抱えきれないくらいのたくさんの素敵な物を教えてくれたことを。
 ……許されるのならば、これからもずっと貴方と……オルキデア様と一緒に居たいです」

 ただ静かに「そうか」と、頭を抱き寄せられる。

「一つだけ、約束して欲しいことがある」
「何でしょうか……?」
「もう、俺の前では我慢しないでくれ」

 ハッとして、上を向く。悲痛な顔をするオルキデアの顔がそこにはあった。

「辛い時は辛いと言っていい。悲しい時は悲しいと言っていい。痛い時は痛いと言っていいんだ……。泣きたい時は涙が止まるまで側にいる。
 けれども、俺の前で我慢されるのが、一番どうしようもなく辛いんだ……どうすればいいのかわからないからな」
「けど……それじゃあ、迷惑になるんじゃ……」
「迷惑じゃない。迷惑になんてならない。全て受け止める」

 いつの間にか、落雷は遠のいて屋敷内には二人の声だけが響いていた。

「だから……もう、我慢しなくていいんだ」

 オルキデアの言葉に、息が出来なくなる。
 菫色の瞳を見開くと、またポロポロと涙が溢れてくる。

「うっ……うっ……」

 嗚咽を堪えていると、優しく頭を撫でられる。

「今まで、よく耐えてきた。……頑張ったな」

 ーーその言葉で、これまで堰き止めていたものが一気に押し寄せてきた。

 母が死んでから初めて、アリーシャは声を上げて泣いたのだった。
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