アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 親友の気遣いに胸中が温かくなっていく。
 感謝の気持ちを込めながら、「大丈夫だ」と柔らかく答える。

「アリーシャを見ていると、北部基地から帰還した頃の自分と重って……放っておけない」
「一人じゃ大変だろう。やっぱり、俺たちもそっちに行こうか?」
「大丈夫だ。それよりもセシリアについてやってくれ。落雷なんてそうそうないんだ。セシリアだって心細いだろう」

 この辺りに落雷など滅多にない。
 普段はしっかりしているセシリアも、この落雷できっと不安になっていることだろう。
 夫の存在が大きいはずだ。

「本人は平気そうな顔をしているが……。わかった。そうするよ」

 セシリアを確認しながら話しているのか、時折、声が遠くなる。

「ああ、そうしてくれ」

 話していると、浴室に続く脱衣所の扉が開いた。
 アリーシャが顔だけ出して様子を確認すると、そっと出て来たのだった。

「もう出て来たようだ。一度切る」
「わかった。何かあったら、また連絡してくれ」

 電話を切ってアリーシャを見つめると、じっと物言いたげな顔で見てきたので、「クシャースラだ」と電話相手を教えると、安心したようだった。

「飲み物を淹れる。座って待っていてくれ」

 壁際の棚の上に設置していた結婚祝いで貰ったコーヒーメーカーに向かうと、ペアマグカップーーこれも結婚祝いで貰った。を取り出す。
 落雷の前に厨房から持ってきた紅茶のティーパックを開けて、マグカップに入れるとコーヒーメーカーから湯を注ぐ。

 最近知ったが、このコーヒーメーカーはコーヒー豆から抽出するコーヒーだけではなく、紅茶用のお湯もセット出来るようで、茶葉さえあれば紅茶も飲めるらしい。
 コーヒーしか飲めないと思ったので自室で使っていたが、これならアリーシャも使えるように食堂にセットすれば良かったと、思ったものだった。

 きっちり時間通り蒸らすとティーパックを捨てて、ソファーに座って髪を拭いていたアリーシャに差し出す。

「ありがとうございます」

 マグカップを受け取ると、ふうふう息を吹きながら口をつけたのだった。

「本当はホットミルクやホットチョコレートの方がいいかもしれんが、ここにはコーヒーか紅茶しかなくてな」

 部屋から居なくなったら、また不安になってパニック状態になるかもしれない。
 今日のアリーシャはいつも違うので、なるべく側で見ていなければならなかった。

「大丈夫です。ありがとうございます」

 両手でマグカップを包むように持つアリーシャの横で片膝をついて、俯き気味の顔を覗き込む。

「俺もこれから風呂に入ってくる。もしかしたら、軍から出動要請が入るかもしれない。そうなれば、徹夜か、酷い時は数日は戻って来れない」
「じゃあ、私は一人で……?」
「その時はセシリアが来てくれる。一人にはならないから安心して欲しい」

 不安そうな顔をしたアリーシャを安心させるように、微笑を浮かべる。

「少しの間だけ、一人になるがいいか? もし、横になりたくなったら、俺のベットを使ってくれて構わない。カップもここに置いたままでいい」
「わ、私、片付けなきゃ……。さっき、散らかしたから……」
「食料庫か? そんなものは明日の朝、明るくなってからでいい」

 来客が来た時に備えて銀器を用意して、そのまま保存食ごと食料庫に置いたままだった。
 しばらく使わないなら、倉庫に動かそうと思っていたが、面倒になってそのままにしていた。

 こうなるなら、面倒くさがらずに、早々に倉庫に仕舞っておくべきだった。
 片付けを後回しにしていた自分の責任だった。

「今はゆっくり休んだ方がいい。今まで我慢して奮闘してきた分、心が疲れているんだ」

 寝るにはまだ早い時間だが、先程から消え入るような震え声でしか話していないアリーシャは、もう休ませた方がいい。
 明日になれば、またいつものアリーシャに戻るだろう。
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