アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)
 セシリアからエプロンを借りて身につけたアリーシャは、おぼつかない手つきでガラスの容器に卵色の液を入れた。

「これでいいのでしょうか?」
「はい。蒸し終わったら容器を冷まして、冷蔵庫に入れます。そうすれば、明日には完成します」

 アリーシャが溢した卵色の液を拭きながら、セシリアは返す。
 卵、牛乳、砂糖、バニラエッセンスを入れ、濾し器で濾す。
 アリーシャはあまりお菓子は作ったことがないようで、卵は綺麗に割ったが、バニラエッセンスを知らなければ、濾し器で濾したことも、カラメルを作ったこともないと話していた。
 それでも、卵の割り方や濾し器の存在自体は知っていたので、全く料理の経験がない訳では無いのだろう。
 本人に聞いたら、「昔、自分の食事を自分で作らなければならない時があって……」と言っていたので、単にこれまでお菓子作りをする機会が無かっただけなのだろうとセシリアは考えている。

 セシリアは子供の頃から、母の代わりに料理を作る機会が度々あって自然と料理が出来るようになった。
 結婚してからは自分の時間が増えたので、一時期、お菓子作りに夢中になって覚えた。ーー夫がなんでも「美味しい」と言って、食べてくれるのもあるが。
 今、アリーシャと作ったのは、子供の頃に、母から教わったレシピで作ったものなので、オルキデアにも馴染みのある味だろう。
 子供の頃は、セシリアと一緒にオルキデアもよくこれを食べていたから……。

「すみません。夕食時の用意で忙しい時に」
「いいえ。ついでに下ごしらえもしてしまったので。アリーシャさんも手伝って頂きありがとうございます」

 ガラスの容器ごと卵色の液を蒸している間、はセシリアは夕食の下ごしらえもしていた。
 野菜の皮むきや食材を切るのは、アリーシャにも手伝ってもらった。

「今夜は寒いので、シチューにしようと思っていたんです。あとは煮込むだけなので、クシャ様の帰宅までには完成しそうです」
「シチュー、美味しそうですね」
「よければ、レシピを教えますか?」
「いいんですか?」

 そんなことを話しながら、シチュー鍋に具材を入れたところで呼び鈴が鳴った。

「あら? クシャ様、もう帰って来たのかしら?」

 こんなに早い時間に帰宅なんて珍しいと、エプロンを外して玄関を開ける。
 すると、慌てた様子のオルキデアがセシリアに詰め寄ったのだった。

「どうしましたか? オーキッド……」
「アリーシャはここに来ていないか!?」
「来ていますが……」

 返事を最後まで聞くことなく、オルキデアはセシリアを押し退けるようにして、自宅に入ってくる。
 オルキデアとの付き合いは長いが、これまでこんなことは一度もなかった。

「お待ち下さい。オーキッド様!」

 驚愕したセシリアが慌てて後を追いかけると、話し声が聞こえたのか、丁度、キッチンからアリーシャが顔を出したところだった。

「あ……オルキデア様……」

 アリーシャが呟くと、オルキデアは安心したように肩の力を抜いたようだった。
 廊下を早足に進むと、顔を曇らせたアリーシャに抱きついたのだった。

「あの、どうされましたか……?」
「屋敷に戻ったら、姿が見えなかったから心配した。……出て行ってしまったのではないかと思ったんだ」

 ぎゅうと抱きしめるオルキデアに向かって、「驚かせてすみません」とアリーシャは返す。
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