アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 その日の夜、一人の兵がアリーシャの部屋の前にいた。

 見張りの兵には、金を渡して席を外してもらった。
 いつもと違う兵だったが、何も聞かずに金を受け取ると、どこかに立ち去って行った。
 あまりに単純な見張りに、兵は鼻で笑った。
 金ならたんまりある。
 貴族出身である兵は、実家からの仕送りも含めて、金を溜め込んでいた。

 元は王都の軍部にいたが、捕虜の女軍人に乱暴したことで、この辺境の基地に飛ばされてきた。
 捕虜に乱暴して何が悪い。と、兵は不満であった。
 変わり映えも、面白味もない、そもそも女が誰もいないこの基地で、ほとぼりが冷めるのを待っていると、丁度いい捕虜がやって来た。

 軍が破壊した敵軍の軍事医療施設の跡地で保護されたという女は、王都からやって来た将官とその部隊によって、大切に連れて来られた。

 たかが、敵国の女。一体、何が女を大切に
 させるのかーー。

 ある時、保護された捕虜の女に、食事を運ぶよう上官に頼まれた。
 捕虜の女はこの基地で療養し、今後の尋問や管理はうちの部隊が担当するという。

 捕虜でありながら、降格までされて下士官となった自分とは違い、将官と同じ食事を食べる女に恨みを覚えた。

 上官によると、女はペルフェクト語がわからないらしい。
 それなら、憂さ晴らしにペルフェクト語で恨み言を口にしながら、転んだ振りして食事をひっくり返せばいい。
 食事がお預けになった女を嘲笑えば、多少は鬱憤も払えるだろうと、思いながら部屋に入ったつもりだった。

 始めて捕虜の女を見た時、心臓が大きく高鳴った。

 敵国とはいえ、ここまで顔形が整った女を見たことがなかった。
 やや痩身気味なのは気になるが、娼館以外で滅多に見る機会のない大きな胸の膨らみも、男を興奮させるのに充分であった。
 じっと見つめてくる色っぽい瞳も、今は怪我を負っているが触れたら滑らかそうな白い肌も、艶やかな髪と唇でさえも。

 ごくりと唾を飲み込む。
 兵が生まれながらに持つ、男としての本性を発揮させるには申し分ない捕虜であった。
 自分の内側から、ムラムラと沸き上がってくる。
 自分の手で花を散らしたいとーー犯してしまいたいと、思ったのだった。

 兵は実家から眠り薬を送ってもらい、尋問で使用されている痺れ薬をくすねると、女の食事に混ぜるようにした。
 最初は薬の組み合わせを間違えてしまった。
 眠り薬と痺れ薬の両方を使用したことで、両者の作用が半減されてしまったようで、部屋に入った時に女に気づかれてしまった。

 女は身を捩って抵抗した。
 肩の辺りを強く引っ張ると、ビリビリと音がして手術衣が破れた。
 暗い室内でも、破れてはだけた肩から白磁の肌が見えた。
 ごくりと生唾を飲み込んだ。
 必死に抵抗する女が流す涙も、また兵を興奮させるのに充分だった。

 髪を引っ張って、どうにか身体を押さえつけると、胸に触れようと手を伸ばした。
 すると、騒ぎを聞きつけた巡回中の兵が、駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
 舌打ちをすると、鉢合わせになる前に、一目散に部屋を後にしたのだった。

(今日こそは)

 兵は舌舐めをした。
 目の前に餌を出させて、「待て」を言われ続けた犬の気分だった。
 それからも、何度か食事に薬を混ぜたが、警戒されてしまったのか、全く食べなくなってしまった。
 それなら、夜半に押し掛けて、力づくで触れようとしても、激しく抵抗されてしまった。

 どうにか出来ないものかと思っていると、油断したのか、今日は食事を完食していた。
 念のため、床やゴミ箱などに捨てられていないか確認したが、どこにも捨てていないようだった。

 その内、女の怪我が治り次第、この部屋から出てしまうだろう。
 独房か、それとも王都に連れて行かれてしまうのかーー。
 いずれにしろ、時間は残っていない。
 やるなら、早い方がいい。

 明かりがついていない、暗い室内に足を踏み入れると、膨らんだベッドが目に入った。
 足音を忍ばせてベッドに近づき、掛布に手をかけた時、内側から跳ね飛ばされる。
 気づいた時には、額に銃口を向けられていた。
 銃口を構えていたのは、静かに激怒の色を浮かべる濃い紫色の瞳の将官だった。

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