アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

お祭りのあとに

 お祭りの日の夜。
 いつも通り、オルキデアの部屋のベッドで、愛する人と共に眠っていたアリーシャは、ふと目を覚ます。

 昼間の興奮がまだ残っているのだろう。
 普通の女の子の様にはしゃいで、普通の恋人同士の様に歩いてーー。
 夢にまで見ていた「普通の」女の子になれたようで、とても満ち足りた一日だった。

 ベッドの上で身を起こすと、一糸纏わぬアリーシャの白い肩を、月明かりが優しく照らした。
 窓に目を向けると、沈みかけの月影がカーテンに写っていたのだった。

 日が昇るまで、まだまだ時間があるだろう。
 それなのに、すっかり目が冴えてしまった。
 一日歩いて、身体も疲れているはずなのに……。

 まだ胸が高鳴っていて、目を閉じるとお祭りの光景を思い描けた。
 人々の歓声が耳の中でこだまして、食べ物と花が混ざった匂いまで漂ってくるような気さえした。

 ーーまるで、夢の様に楽しくて。

「夢」という単語に、不安が襲ってくる。
 今まで見ていたのは全て夢で、本当の自分は襲撃の際に死んでしまったのではないか。
 それとも、未だペルフェクト軍の元で昏睡状態になっているのではないかと。

 ーーそんなことない。そんなことない! 身体中が夢じゃないって、訴えている。

 傍らに視線を移すと、愛しい夫が眠っていた。
 夫の長めのダークブラウンの髪を撫でると、アリーシャはそっと自らの身体を見下ろす。

 毎晩、共に寝るようになって、最初の夜に比べれば、痛みを感じなくなっていた。
 日に日に彼を受け入れているようで、痛みは快楽へと変わり、交わる度に身体の内外からは激しい熱を発していた。
 もっと彼を受け入れたいと、身も心も欲していたのだった。

 オルキデアもそれをわかっているようで、日を追うごとに激しさを増していったーーもう、最初の夜の様に、手加減はしてくれなかった。
 気がつくといつも気を失っていて、今夜の様に夜中に目を覚ますことは滅多になかった。

 ーーこれが夢だとしたら、この身体の疼きと痛みは、違うものだというの……?

 この身体中の疼き、身を焦がしそうになる熱。
 オルキデアでなければ、一体、何だというのだろう。
 昏睡状態のアリーシャが受けている、別の刺激だというのだろうか……。

 自分で自分の身体を抱きしめて、アリーシャは何度も首を振る。

 ーー違う。違う。これは夢じゃない! 夢なんかじゃ……。

「アリーシャ?」

 そこまで考えたところで、傍らから自分の名前を呼ぶ掠れ声が聞こえてきて振り返る。
 宵闇の中でも輝くような濃い紫色の目と、アリーシャの菫色の目が合ったのだった。

「眠れないのか?」
「オルキデア様……」
「それとも、怖い夢でも見たのか?」

 眠そうなオルキデアの顔を見ていると、力が抜けて、目尻に涙が溜まる。
 ポロポロと涙が溢れてくると、「なんでもないです……!」と掌で擦りながら返す。

「今日が……いえ、毎日が夢の様に楽しくて、なんだか不安になってしまっただけで……」

 オルキデアと出会ってから、シュタルクヘルト(あっち)での日々が嘘だったように、毎日が楽しくて、驚きと発見の刺激的な日々を過ごしていた。
 こんなことなら、もっと早く国を出ていれば良かった。
 あの国で、あの家で、我慢していた日々が、今では滑稽に思えてくる。

「なんだ。そんなことか。お前は本当に心配性だな」

 掌で擦っていると、オルキデアも半身を起こす。
 月明かりに照らされた逞しい腕の中に抱かれて、アリーシャの涙はピタリと止まる。

「これでも、まだ夢だと思うのか?」

 無駄な肉のない、よく鍛えられた硬い胸。
 幅の広い肩、筋肉のついた逞しい腕。
 何も着ていない素肌を晒した状態だと、それがより一層目立っていた。
 正式に結婚してからは、アリーシャを喜ばせる甘い言葉を囁いてばかりの優しい彼も、一人の軍人であるのだと意識させられる。
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