アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「ゆめ、じゃない、です……」
「そうだろう。だから、不安になるな。お前がそう言ったら、俺まで不安になるだろう。
 お前と過ごすこの日々が、今にも夢に思えてきて、泡のように消えてしまいそうになる」

 藤色の頭を優しく撫でられて、だんだん心が落ち着いてくる。
 バクバクと聞こえてくるのは、自分の心臓の音なのか、それとも愛する彼の心臓の音なのか。

 オルキデアに抱えられたまま、またベッドに横になると、優しく髪を梳かれる。

「朝までまだ時間がある。もう少し寝よう」
「すみません。起こしてしまって……」
「……そうだな。いなくなったのかと不安になったぞ」

 疲れているオルキデアを起こしてしまったと、肩を落としていると、「でも、そうじゃなくて安心した」と囁かれる。

「俺だって、毎日が満ち足りているんだ。お前に対する気持ちに気付いてから、ずっと……」
「私への気持ち……」
「お前を愛しているってことだ。もう、お前がいない日々なんて考えられない」

 ギュッと抱きしめられて、「私もです」と抱きしめ返す。

「私も、もう貴方なしには生きていけそうにないです。貴方さえいるなら、もう何もいらない……」
「ああ。ずっと一緒にいよう。お前が望む限り……」

 そのまま、オルキデアが寝てしまいそうだったので、「あの……」と一つだけお願いごとを口にする。

「頬にキスしてもいいですか?」
「いいぞ」

 一瞬、虚をつかれたような顔をしたが、すぐにオルキデアは得意気な顔になる。
 そんな愛しの夫に身体を密着させると、幅広の肩に両手をついて目を瞑る。
 顔を寄せると、そっと頬に口づけたのだった。
 唇に触れた頬の熱、唇で感じた柔らかさが、これが夢じゃないと安心させてくれる。

 それを証明してくれるように、そっと離したアリーシャの桜唇に、すぐに熱烈な口づけを返してきたのだった。

 これのどこが夢だというのだろうか。
 激しさを増す口づけが、絶え間なく高鳴り続ける胸が、これは夢じゃないと教えてくれる。
 ゆっくりと唇が離れると、頬を愛撫されたのだった。

「これでも、まだ夢だと思うか?」
「……いいえ」

 ありがとうございます、と礼を言う代わりに、その逞しい身体にしがみつく。
 腕を伸ばすと、ダークブラウンの長めの髪を撫でたのだった。

「おやすみ。アリーシャ」
「おやすみなさい。オルキデア様」

 髪から手を離すと、強く抱き寄せられる。
 アリーシャの顔に、夫の硬くて温かい胸元が当たったのだった。

 しばらくの間、藤色の頭を撫でられながら、オルキデアの心臓の音を聞いている内に、だんだんと心が落ち着いてくる。
 すると、アリーシャの瞳から、また涙が一粒溢れ落ちたのだった。

 ーー涙は、悲しい時に流すだけのものじゃない。それを貴方が教えてくれた。

 それなら、いま頬を流れているのは喜びの涙だと、胸を張って言える。
 嬉し涙を知らなかった、アリサ()とは違う。
 アリーシャはそっと微笑むと、目を閉じたのだった。
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