アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「俺と似てるか……お前もそう言うんだな」
「前にも言われたことがあるのか?」
「アリーシャにな。俺と雰囲気が似ていると言っていた」

 契約結婚を切り出した頃、アリーシャにそう言われたことがあった。
 これまで考えたことはなかったが、クシャースラにも言われた以上、そこまで自分と母は似ているのだろうかと、つい気になってしまう。

「アリーシャ嬢がねぇ……。確かに、言い得て妙だな」
「そうか……やはり……」
「そりゃあそうだろう。二人揃って寂しがり屋なんだからさ」

 虚をつかれて、オルキデアは目を剥く。

「そんな訳ないだろう……!」
「いいや。そうだって。アリーシャ嬢も合わせれば、三人揃って寂しがり屋でさ。
 三人揃って、誰かを……人を求めてる。自分を愛してくれる人を探している」
「愛してくれる人を探しているか……」

 オルキデアが呟くと、クシャースラは目を細める。

「子供の頃から、どうして母上は俺と父上を捨てて、他の男の元に行ってしまったのか、ずっと考えていた。俺が駄目だったのか、俺に足りないところがあったのか、俺が嫌いなのか……生まれたのが俺だったから出て行ったのか。どこかで自分を責めていた」

 オルキデアの独白を親友は黙って聞いてくれる。

「でも、今のお前の言葉で母上に対する考え方が変わりそうだ。母上は愛に飢えていた。誰かに愛されたかっただけだったんだな」
「お前さんとアリーシャ嬢は、本当の愛を知った。自分を愛してくれる人を見つけられたんだ。
 けど、お前さんの母親はそうじゃなかった……いや、気付けなかったのかもしれない。身近にあった愛に気づかなくて、気づけば偽りの愛に包まれていた。偽りの愛から後戻り出来なくなって、そこから抜け出せなくなった。底無し沼にはまったようにな」

 コーヒーが運ばれてくると、しばらく二人は程よい苦味と芳ばしい香りを堪能した。
 カップの中のコーヒーが半分になると、オルキデアはそっとカップをテーブルに置く。

「もし、父上やアリーシャの愛に気づかなければ、俺も母上の様になっていたのだろうか……」
「かもしれないな」
「そうか……」
「けど、お前の周りには人がいただろう。コーンウォール夫妻に、セシリアに」
「お前もな」

 間髪入れずに付け加えると、一瞬、目を見張った後に親友は微笑んだ。

「お前さんの母親とお前さんの大きな違い。それはお前さんが間違えた時に、身近に止めてくれる人がいるってところだ」
「お前も止めてくれるよな」
「勿論」

 クシャースラが差し出した拳に、オルキデアも自らの拳をぶつける。
 思い返せば、付き合いの長い親友といえど、ここまで意気投合したことはこれまでなかったような気がした。
 お互いに相手を「親友」と呼び合っていても、どこか距離があった。
 その距離が、縮まったような気がしたのだった。

「母上の処遇について、申し出ようと思う。せめて、命だけは助けて欲しいと」
「わかった。死刑以外となると、流罪になるな……。王都からの追放か、せめて国外追放にならないか、おれからも申し出てみるよ」
「助かる。なんと礼をしたらいいのか……」
「礼なら、今度、ウイスキーでも奢ってくれ」
「ああ。ボトルで奢るよ」

 二人はまた笑い合うと、たわい無い話を続ける。
 これまでと何も変わらない、いつもの休日、いつものカフェ、いつものコーヒー。
 戦場や仕事を離れて、お互いの愛妻について語り合うそんな昼下がり。
 けれどもこれまでとは何かが違う、穏やかな空気が、二人の間に漂っているように感じられたのだった。
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