アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

約束

「すっかり話し込んじまったな」
「ああ。まさか士官学校に通っていた頃の様に、ここまで話しが弾むとは思わなかった」

 夕陽が二人を照らす中、たった一杯のコーヒーを片手に、それも仕事以外の話で数時間も話すことになるとは思わなかった。

「士官学校生の頃と言っても、お前さんはとっとと用件を済ませたら、帰っていたような気がするけどな」
「そうだったか?」
「覚えてないのか? まあ、それもそうか。あの頃は、今以上に、他人に興味がなさそうだったもんな」

 肩を竦めたクシャースラの脇を、家路を急ぐ人たちが通り過ぎて行ったのだった。

「それは、まあ、その……すまない……」
「気にすんなって。それでこそ、おれたちが知っているオルキデアだ」
「なんだ、それ」

 微笑を浮かべて、肘でクシャースラを突きながら歩いていると、愛妻を預けたオウェングス夫妻の家が見えてきたのだった。

「なんか、美味しそうな匂いがするな」
「セシリアが夕食を作ったんじゃないか?」

 オウェングス邸に近づけば近づく程、食欲をそそる匂いは強くなっていく。
 二人でそんなことを話しながら家の呼び鈴を鳴らすと、エプロン姿のセシリアとアリーシャが出迎えてくれたのだった。

「お帰りなさいませ。クシャ様、オーキッド様」
「ただいま。セシリア」
「アリーシャをありがとう。セシリア」
「とんでもありません。私も有意義な時間を過ごせました」

 クシャースラがコートをセシリアに預けている間、オルキデアもコートを脱ぎながらアリーシャに近づいて行くと、愛しの妻は花が咲くような笑みを浮かべて出迎えてくれたのだった。

「お帰りなさいませ。オルキデア様」
「ただいま。それにしても……」

 アリーシャの頭から爪先まで眺めながら、感慨深く話す。

「エプロン姿の愛妻に出迎えられるというのは、こう……何と言うか、こそばゆい気持ちになるものだな。胸がくすぐったくなる」
「もう、オルキデア様ってば……」

 クスクスと笑う薄桃色のエプロン姿のアリーシャに微笑を浮かべると、そのまま自分の胸の中に閉じ込めてしまう。

「あの……」
「寂しくはなかったか? 心細くは?」
「だ、大丈夫です! セシリアさんもいましたし、一人じゃなかったので……」

 胸の中でバタバタと慌てるアリーシャに、一抹の寂しさを覚えながら「そうか……」と身体を離したのだった。
 そんな二人を見守っていたセシリアは、「おふたりとも」とリビングを示す。

「時間も時間なので、よければ一緒に夕食はいかがですか?」
「いいのか。邪魔して?」
「邪魔だなんてことはありません。今日の夕食はアリーシャさんと一緒に作ったんです」
「そうなのか?」

 傍らのアリーシャを振り向くと、はにかみながら一つ結びにしていた藤色の髪ごと頷いていた。

「セシリアさんから、お料理を教わりながら作ったんです。私、あまり料理が得意ではないので……」
「得意じゃないって……。どの料理も美味しいぞ」

 正式に結婚してからは、毎食、アリーシャが料理を振る舞ってくれていた。
 それまでは、マルテやセシリアが作った料理か、配達を頼んでいた。
 食の好みがないオルキデアでも、アリーシャの料理はどれも美味しく、舌鼓を打っていた。
 こんなことなら、もっと早くから料理を作ってもらえば良かったと思うほどに。

「でも、似たようなレパートリーじゃないですか。これじゃあ、栄養が偏ってしまいます」
「どんな料理でも、愛妻が苦労して作ったものならば、レパートリーも、栄養も、気にしないから安心しろ」
「ですが……」
「それと、お前と出会うまでは、三食きっちり食べればいい方だったからな」
「そうなんですか……?」
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