アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

ティシュトリア・ラナンキュラス

(今日も部屋から出ないか……)

 オルキデアは仮眠室の扉を見つめて、眉を寄せる。

 アリーシャが記憶を取り戻してから、今日で三日が経っていた。
 あれから、アリーシャは部屋に篭り、オルキデアたちが持って行く食事にもほとんど手を付けなかった。
 たまに部屋から出て来ても、オルキデアを無視して消える。
 国に帰りたくないと、部屋に立て篭ったのだろうか。

 アリーシャの過去と境遇は理解した。同情の余地もある。
 だが、このままアリーシャをここに置いておく訳にはいかない。
 彼女はいずれ、オルキデアの手を離れて、国に帰らねばならない。
 それが、彼女のーーアリーシャの為になるのだ。
 いざとなれば、仮眠室の扉を蹴破って、アリーシャを連れ出せばいいだけだ。
 そう考えて、オルキデアはアリーシャを放ったらかしにしていたのだった。

 その日もオルキデアは執務室で報告書を作成していた。
 先日のアリーシャを保護した襲撃に関するものだった。
 アリーシャをどう報告しようか悩んでいるところで、オルキデアの手は止まってしまう。

 ここでアリーシャの存在を隠しても、アリーシャを保護した事は、滞在していた国境沿いの基地に問い合わせればわかってしまう。
 それなら、報告してしまえばいいのだが、下手に報告をすると、アリーシャがアリサ・リリーベル・シュタルクヘルトだとバレてしまう。
 そうなると、オルキデアが執務室に匿っていた理由を事細かく説明する必要が出てくる。
 アリーシャの正体に気付いていたのかも聞かれるだろう。
 そしてーーアリーシャはシュタルクヘルトとの交渉に利用される。
 オルキデアが避けていた事態になりかねない。

(どうまとめようか……)

 すると、仮眠室の扉が開いた。
 中からアリーシャ出て来たのであった。

「アリー……」

 オルキデアは声を掛けるが、部屋から出てきたアリーシャは呼びかけを素通りして、仮眠室の反対側にある備え付けの浴室へと消えたのだった。

 浴室といっても、シャワーがあるだけの簡単なものだが、オルキデアのようにほぼ執務室に泊まり込む者からしたら、非常にありがたかった。
 オルキデアしか使っていなかった頃は、浴室には石鹸とタオルしかなかったが、今はアリーシャが一緒に使うからか、女性物のシャンプーやトリートメント、ボディーソープーー全てクシャースラの妻のセシリアが夫に届けさせた、が増えたのだった。
 浴室には併設するように、手洗いがついている。アリーシャはそっちを利用しに行ったのだろう。シャワーを浴びるには、まだ陽が高かった。

 オルキデアが報告書の作成に戻ろうとすると、執務室の扉がノックされる。

「失礼します」

 入って来たのは、廊下に控えていた兵だった。

「ラナンキュラス少将に、お客様がお見えになっています」
「客? 今日は来客の予定は無いが……?」
「それが、少将のご家族と名乗っておりますが……」

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