アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

妻と恋人、どっちがいい?

 チュンチュンと、外から聞こえてくる鳥の鳴き声と、カーテンが開いたままの窓から射し込む陽光でオルキデアは目を覚ます。

「んっ……」

 頭が痛かった。記憶がぶつりと切れるまで飲んだのは、クシャースラから結婚報告を聞いた時以来だった。

(いつの間に寝たんだ?)

 鈍く痛む頭で、昨夜を思い出そうとすると、妙に腕の中が温かいことに気づく。
 目線を下に向けると、顎の辺りに銀が混ざった藤色が見えた。

(ま、まさか……)

 オルキデアが動く度に、絹のようにさらりと柔らかな藤色が床に落ちる。
 更に視線を下に向けると、そこにはオルキデアに縋るように眠るアリーシャが居たのだった。

「ア、アリー……」

 呼び起こそうとして、思い留まる。
 いつの間に、部屋から出てきたのだろうか。
 まさか、アリーシャの寝込みを襲って、ソファーまで連れて来たのかーー?

(駄目だ。思い出せん)

 やけ酒した頭では何も覚えていなかった。
 いつの間にか、腹部にかけられていた掛布を引っ張るとアリーシャにかけてやる。
 このままでは、アリーシャが風邪を引いてしまう。
 足首まであるロングスカートも、捲れて皺が寄ってる……。

 と、そこまで考えた時に、とある記憶を思い出す。
 昨夜、妙に丸く、人肌のように肌触りの良いものに触れた覚えがある。
 夢だと思っていたが、まさかーー。
 真っ青になったオルキデアの前で、アリーシャが「んんっ……」と呻く。
 そっと目が開かれて、宙を彷徨っていた菫色の瞳は、やがてオルキデアの顔で止まる。

「あれ……オルキデア様……?」
「あ、ああ……」

 先に自身の身体を起こすと、ソファーに手をついて、身体を起こそうとするアリーシャに手を貸す。

「私、そのまま寝ちゃったんだ……」
「そのまま、寝た……」

 アリーシャの言葉を反芻する。
 ますます嫌な予感がして、だんだん血の気が引いてくる。
 何度か口を開閉して、ようやくオルキデアは声に出して訊ねる。

「アリーシャ、その……。昨夜は、何も無かったか……?」
「……何もありません。何も無かったです」

 ーーそうは言いつつも、目を逸らすアリーシャの姿が、昨夜の全てを物語っていた。

「すまなかった……」
「いえ! 本当に何も無かったんです!」
「そんな筈は……くっ……」

 アリーシャの甲高い声が、二日酔いの頭に響く。
 頭を押さえていると、「す、すみません!」と、ますます狼狽してしまったのだった。

「本当に、何も無かったんです」
「本当か……?」
「ええ。本当です。お尻を触られただけなので!」
「尻を、触った……」

 頭の中が真っ白になった。
 やはり、昨夜見たのは夢では無かったのだ。

「でも、それ以上のことは、本当に何も無かったんです! だから、気にしないで下さい。私も気にしていません!」
「そうか……」

 こんな失態を犯す日が来るとは思わなかった。
 酒癖が悪い上司たちを嘲笑している場合では無くなった。
 親友夫婦に知られた日には、烈火の如く怒り狂い、激怒されそうだ。
 やけ酒でも、今度からは程々の量を飲もうと、オルキデアは固く誓ったのだった。

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