アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「ああ、そうだった。入れていいよな?」

 部屋の主であるオルキデアが頷くと、クシャースラは廊下に声を掛けた。

 部屋に入ってきたのは、足首までの赤銅色のドレスを纏い、白地に淡い緑色のリボン飾りがついたつばの広い帽子で顔を隠した女性だった。
 クシャースラより頭一つ分、背の低い女性は、部屋に入ってくると、帽子を取ったのだった。

「久しいな。セシリア」
「ご無沙汰しております。オーキッド様」

 ソファーから立ち上がると、親友の奥方を出迎える。
 クシャースラとはまた違う稲穂の様な黄金色の髪を一つに纏めたセシリアは、澄んだ泉の様な青色の瞳を細めたのだった。

「巻き込んでしまってすまない」
「いいえ。事情はクシャ様から聞いています。オーキッド様の奥様の為ですもの」

「ご結婚おめでとうございます」と、セシリアは挨拶をすると、次いでオルキデアの影に隠れていたアリーシャに声を掛ける。

「初めまして。いつも主人がお世話になっています。セシリア・コーンウォール・オウェングスと申します」
「は、初めまして。アリーシャと申します。ク……ご主人にはいつもお世話になっております。オウェングス夫人」

 ガチガチに緊張しているアリーシャに、「そんなに緊張しないで下さい」とセシリアは微笑む。

「それに、私の事はオウェングス夫人じゃなくて、どうかセシリアと呼んで下さい。……クシャ様から聞いて、お会い出来る日をずっと楽しみにしていました」
「本当ですか?」
「ええ! 私は高等学校を卒業してから、ずっと働いていたので、学友も皆、進学や結婚をして、気軽にも会えなくなってしまって。
 すると、だんだん疎遠にもなってしまって、身近に同年代の女性がいなくなってしまったんですよね……。
 それもあって、クシャ様からアリーシャさんと私が同年代と伺った時から、お会い出来る日をずっと楽しみにしていました」

 オルキデアたち男子とは違い、女性専門の高等学校を卒業した女性の進路は、大学への進学か、実家に戻って結婚するかのどちらかである。
 けれどもセシリアは、そのどちらの進路も選ばず、高等学校を卒業してから、クシャースラと結婚する十九歳まで、実家のコーンウォール家の為にずっと働いてきた。

 セシリアにはひと回り近く、歳が離れた弟が二人いる。
 弟たちの学費や、当時コーンウォール家に残っていた借金の返済の為、セシリアは進学も結婚も諦めて、働く道を選んだのだった。
 休みもせずに、自分の時間も持たずに、ずっと働いていたセシリアを見染めたのが、オルキデアの親友であるクシャースラであった。

 当初、セシリアは実家が抱える借金を理由に結婚を断っていた。
 けれども、実直過ぎるくらいに真面目で、何度断っても諦めないクシャースラの辛抱強い求婚の末、二人は結婚した。
 結婚して四年が経ち、二人の間にまだ子供はいないが、それなりに上手くいっているようだった。
 時折、クシャースラが愛妻への溺愛ぶりを自慢しに、わざわざオルキデアの元を訪ねて来るぐらいに。

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