アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)
「まず、この部屋を出たら、今後はシュタルクヘルト語を話すな。ペルフェクト語とハルモニア語だけがわかる振りをしてくれ」

 今後、アリサと言われても、シュタルクヘルト語が話せない、分からないとなれば、アリサと思われる可能性は低くなる。
 顔がそっくりの他人と思われるだろう。

「シュタルクヘルト語を……? 分かりました」
「君には生まれ故郷の言葉を話すなと、命じることになるのが心苦しいが……」
「気にしていません。今後、この国で生きていくのに必要なら」

 アリーシャのペルフェクト語の能力は随分と高い。
 読み書きが出来て、日常会話並みに会話も出来る。
 これなら、ペルフェクト語だけでも、この国では充分やっていけるだろう。

「そう言ってくれると助かる。それと、もう一つだが」

 いつの間にか、話し終わっていたクシャースラたちの視線を感じる。
 オルキデアが視線を向けると、続けろとクシャースラに手で示される。

「この部屋を出た時から、君はシュタルクヘルトで保護されたアリーシャじゃなくなる。……君は、アリーシャ・ラナンキュラスとなる」

 アリーシャ・ラナンキュラスーーオルキデア・アシャ・ラナンキュラスと婚姻を結んだ娘。コーンウォール家の遠縁の親戚。
 オルキデアの伴侶ーーオルキデアの妻。
 それが、この部屋から出た後のアリーシャとなる。

「アリーシャ・ラナンキュラス……」

 呟くアリーシャに、オルキデアは肩から手を離す。

「今後、名前を聞かれたら、そう名乗るんだ」

 この部屋から出たら、もう後戻りは出来ない。
 二人はペルフェクト軍の少将と、襲撃跡地で保護されたシュタルクヘルト家の娘ではなくなる。
 契約とはいえ結婚した夫婦となる。

「はい……!」

 紫色のリボンが付いた鍵を胸元で握りしめて、アリーシャは返事をする。

「ここからは別行動だ。……また、後で会おう」

 オルキデアでは、軍部からアリーシャを連れ出せない。
 廊下や食堂で他の軍人たちにアリーシャの姿を見られる分には問題ない。
 軍部では大勢の人間たちが働いており、その中には貴族出身の軍人が連れているメイドや軍部の女性職員、下働きもいる。
 その中の一人として、アリーシャを紛れ込ませるのは容易い。

 だが、出入りの際に身元を確認された時、証明出来るものがない。
 オルキデアではアリーシャの身元を保証出来る物を用意出来ない。
 それどころか、襲撃作戦に参加したオルキデアが連れて歩くことで、逆にアリーシャがアリサだと勘付かれる可能性が高くなる。
 これではアリーシャを守るどころか、危険に晒すだけとなる。
 それは、オルキデアの本意ではない。

 また、軍部にはアリーシャが滞在している事をオルキデアは報告していない。
 上官のプロキオンには、簡単に「軍事医療施設で働いていた民間人を保護した」とだけ報告している。
「記憶障害があるので、治療の為に受け入れ先の病院を探している。怖がらせるといけないので、受け入れ先が見つかるまで、牢ではなく手元で監視したい」とも。

 最初は訝しんでいたプロキオン中将だったが、あっさりと許可してくれた。
 勿論、軍事機密や軍に関わる情報は流さない、軍部の外には出さないとの条件付きで。

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