アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
おれから見た親友
オルキデアたちが出て行った後、執務室に残されたクシャースラは、恐る恐る声を掛ける。
「……大丈夫ですか？ アリーシャ嬢」
未だに衝撃が収まらないのか、アリーシャは額を手で押さえたまま固まっていたのだった。
ーーよっぽど、刺激が強かったんだな。
「とりあえず、座りませんか？」
こくこくと頷くアリーシャをソファーまで誘導しながら、クシャースラも「それもそうだよな」とアリーシャに納得する。
まさか、親友があんな事をするとは、クシャースラも思わなかった。
もうすぐ、十年近い付き合いになるが、あんな事をするオルキデアは初めて見た。
一夜を共に過ごした女性や、オルキデアに一目惚れしたという女性を、無下に扱っている姿は何度も見た事がある。
だが、特定の一人の女性ーーアリーシャに優しくして、ましてや額に口づける姿は見た事が無かった。
オルキデアの女遊びと不眠の原因は、母親にあるとクシャースラも考えている。
オルキデアが自身の過去や母親について教えてくれたのは、実はここ数年の事ーーそれも酒の勢いであった。
これまでのオルキデアは、周囲との間に壁を作っていた。
たとえ相手が、クシャースラやセシリアといった知己であっても。
出会った頃から、オルキデアは周囲との間に壁を作っていたが、父親が亡くなってからは、その差はますます大きくなった気がした。
やはり、母親や母親が原因で起こったラナンキュラス家の借金や父親の死は、オルキデアにとって大きな傷になっていたのだろう。
（けれども、あいつは変わった）
目の前にいる可憐な女性ーーアリーシャが来てからは、オルキデアは柔らかくなった。
常に周囲を冷めた目で見ていたオルキデアは、アリーシャが来てからは頻繁に笑みを浮かべるようになった。
オルキデアを冷たいと評していた他の兵たちも、以前よりも柔らかくなった、話しかけやすくなった、と口々に噂するようになった。
このまま、アリーシャには親友の側に居て欲しい。
仮ではなく、伴侶としてずっとーー。
ソファーに座って、ようやく息を吐いたアリーシャに近づくと、その傍らにそっと立つ。
「何か飲み物を貰ってきましょうか？」
「いいえ。万が一、この洋服に溢してしまったら、セシリアさんに申し訳ないので……」
借り物のドレスを見下ろす親友の仮妻に、クシャースラは苦笑する。
「そんな事で、妻は怒らないと思いますよ」
汚れたら、クシャースラが新しい服を買えばいいだけだ。何もアリーシャが気にする必要はない。
そういう意味で言ったつもりだったが、「そうですか？」と、アリーシャはややぎこちなく尋ねてきたのだった。
「そうですよ。それよりも大丈夫ですか？ 珍しく、あいつがらしくない事をやったから……」
アリーシャからそっと離れて、対面のソファーに座りながら、心配そうに見つめる。
「やっぱり、オルキデア様らしくないんですか？」
「そうですね……。あいつとの付き合いは長い方ですが、内輪とはいえ、人前であんな事をやっているのは初めて見ました。
出会った頃のあいつはどこか……」
仮初めとはいえ、親友の妻に打ち明けていいものかどうか、目を伏せてしばし逡巡する。
やがて決意して顔を上げると、きょとんとしているアリーシャを見つめて、優しく話し出したのだった。
「……今にも、消え入りなところがあったので」
「……大丈夫ですか？ アリーシャ嬢」
未だに衝撃が収まらないのか、アリーシャは額を手で押さえたまま固まっていたのだった。
ーーよっぽど、刺激が強かったんだな。
「とりあえず、座りませんか？」
こくこくと頷くアリーシャをソファーまで誘導しながら、クシャースラも「それもそうだよな」とアリーシャに納得する。
まさか、親友があんな事をするとは、クシャースラも思わなかった。
もうすぐ、十年近い付き合いになるが、あんな事をするオルキデアは初めて見た。
一夜を共に過ごした女性や、オルキデアに一目惚れしたという女性を、無下に扱っている姿は何度も見た事がある。
だが、特定の一人の女性ーーアリーシャに優しくして、ましてや額に口づける姿は見た事が無かった。
オルキデアの女遊びと不眠の原因は、母親にあるとクシャースラも考えている。
オルキデアが自身の過去や母親について教えてくれたのは、実はここ数年の事ーーそれも酒の勢いであった。
これまでのオルキデアは、周囲との間に壁を作っていた。
たとえ相手が、クシャースラやセシリアといった知己であっても。
出会った頃から、オルキデアは周囲との間に壁を作っていたが、父親が亡くなってからは、その差はますます大きくなった気がした。
やはり、母親や母親が原因で起こったラナンキュラス家の借金や父親の死は、オルキデアにとって大きな傷になっていたのだろう。
（けれども、あいつは変わった）
目の前にいる可憐な女性ーーアリーシャが来てからは、オルキデアは柔らかくなった。
常に周囲を冷めた目で見ていたオルキデアは、アリーシャが来てからは頻繁に笑みを浮かべるようになった。
オルキデアを冷たいと評していた他の兵たちも、以前よりも柔らかくなった、話しかけやすくなった、と口々に噂するようになった。
このまま、アリーシャには親友の側に居て欲しい。
仮ではなく、伴侶としてずっとーー。
ソファーに座って、ようやく息を吐いたアリーシャに近づくと、その傍らにそっと立つ。
「何か飲み物を貰ってきましょうか？」
「いいえ。万が一、この洋服に溢してしまったら、セシリアさんに申し訳ないので……」
借り物のドレスを見下ろす親友の仮妻に、クシャースラは苦笑する。
「そんな事で、妻は怒らないと思いますよ」
汚れたら、クシャースラが新しい服を買えばいいだけだ。何もアリーシャが気にする必要はない。
そういう意味で言ったつもりだったが、「そうですか？」と、アリーシャはややぎこちなく尋ねてきたのだった。
「そうですよ。それよりも大丈夫ですか？ 珍しく、あいつがらしくない事をやったから……」
アリーシャからそっと離れて、対面のソファーに座りながら、心配そうに見つめる。
「やっぱり、オルキデア様らしくないんですか？」
「そうですね……。あいつとの付き合いは長い方ですが、内輪とはいえ、人前であんな事をやっているのは初めて見ました。
出会った頃のあいつはどこか……」
仮初めとはいえ、親友の妻に打ち明けていいものかどうか、目を伏せてしばし逡巡する。
やがて決意して顔を上げると、きょとんとしているアリーシャを見つめて、優しく話し出したのだった。
「……今にも、消え入りなところがあったので」
