祈る男と渇いた女
(せめて死ぬときだけは寄り添い、手を握り、涙を流し、人間の尊厳を保てるような最期を迎えさせ、送りたい)
 と渇いた女はいつもそう思い、懸命にボランティアをしたのです。 
 渇いた女の使命感は崇高なものでした。
 渇いた女の理想は高く美しいものでした。
 渇いた女の愛は大河のように広く深いものでした。
 ところが渇いた女の心の闇はとても深かったのです。
 渇いた女の心には、他者や親戚への激しい怒りと復讐心が渦巻いていて、そんな屑のような人間を造りだした、社会への憎悪は膨らむばかりでした。
 渇いた女は、一人でいることや仕事が無いことを酷く恐れました。 
 一人になると忌まわしい過去を思い出し、
(わたしは絶対に、親戚のような、心も魂も腐りきった人間にはならない! 人間は醜く、社会は腐敗しきっている)
 と心は怒りと憎しみで際限なく暴れるからでした。

命を削る

 渇いた女は仕事に慣れてくると出来ることの限界を感じ、介護の資格をとりました。こうして女のボランティア活動は、日増しにエスカレートしていったのです。
 渇いた女は施設で苦しむ孤独な人達ばかりか、介護する家族の苦しみや悲しみでさえも、まるで自分のことのように一緒に悩み、苦しみ、悲しみでさえも背負おうとしたのです。 
 渇いた女は、他人のために命と魂を削りつづけたのでした。
 渇いた女は、パン屋の仕事の合間にも施設の人達のことを考えました。
 渇いた女は、夜、寝る時でさえ、どうしたらもっと多くの人が幸せに暮らせるのか、と明け方まで考えました。
 渇いた女は深夜に施設から急な助けを求められることもありました。そんな時でさえも、喜んで駆けつけ、寝ないで介護をし、翌朝には時間どおりパン屋の仕事をしたのです。
 パン屋の夫婦は渇いた女の命がけのボランテイアを誇りに思っていましたが、その反面、酷く無理を重ねているようなので、とても心配していました。
 そんな親代わりの夫婦の心配をよそに、渇いた女は介護のボランティアにのめりこんでいったのです。
 
 ある日、パン屋の夫婦は心配のあまり、渇いた女に言いました。
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