短編集(仮)
——天音。
『花ちゃんって言うんだよね。私、日名瀬天音』
確か、そう言ってたはず。
「はい。日名瀬天音さんに、「家に来ていいよ」って言われて。…でもやっぱり、帰ろうと思ったので」
「なんで? 友だちじゃないの?」
「友だちっていうか…」
…友だち?
友だちの定義って、なんだっけ。
「…友だちです」
結局、そう言うしかなくなった。
「? そっか。待ってて、じゃあ天音呼ぶから。…上がって待ってて」
「へっ!?」
思わず、大声を出した。
男の人は、不思議そうな顔をしてから「外で待たせるわけにはいかないから。入って」と言う。
「お、お邪魔させていただきまする…」
「まする? 忍者?」
彼が笑う。
くるくるした、柔らかそうな髪の毛。
茶色の瞳。
薄い唇。
日名瀬さんによく似ている。家族…なんだろうか。
…というか、勝手に上がっちゃっていいもの? こういうのって。
そう思ったけど、もう上がってしまった。
「おい天音ー! 友達だって〜」
玄関の目の前にあった階段の上から、「はーい。花ちゃんでしょ? ちょっと待って〜」と、可愛らしい声がした。
とたとたとたとた…と急足で降りてくる日名瀬さん。
…やっぱ日名瀬さん、めちゃくちゃ可愛いな。
なんて男みたいなことを考えたあと、「あ、これ…」とあたしは持って来ていたお菓子を渡す。
「ありがとう。そんなに気を使ってくれなくても良かったのに。次からは気にしないでいいからね」
——『次』
日名瀬さんは、あたしをまた招き入れるつもりなんだろうか。まだほぼ初対面のあたしを?
「上がりなよ。玄関、寒いだろ」
そう言って、男の方の日名瀬さんが上がるように促す。
「花ちゃん、葵にぃだよ。日名瀬葵。今の私より4歳年上だから…花ちゃんより3歳年上」
…え、名前を知られてただけでも驚いたのに、あたしの誕生日まで知ってるってこと? 日名瀬さんが?
「天音のこと日名瀬さんって呼んでるし、わかりにくいだろ。呼びやすいように俺のことは葵でいいから」
男の方の日名瀬さん——葵さんが、そう言った。
「ま、呼ぶこともないかもだけど」
そう、葵さんが付け足す。