短編集(仮)

 葵くんが断りを入れてからスマホを取り出す。

「…なんで? 気になる?」

「うん、すごく」

「いないよ。別に…あ、天音からだ。電話みたい。出てもいい?」

「いいよ」

 許可を出すと、「もしもし」と葵くんがさっそく電話を始める。

 その間、あたしも葵くんも、映画館へと歩く。

「はぁ? 花は俺と一緒だけど。…うん、そう。だからそうだってば」

「……ん…な……」

 スマホから少しずつ声が聞こえるけど、何を言われているかわからないから耳をそばたてたりしない。

「え? 映画だけど。…そう、[自分が尊すぎて死ぬ]だけど。……まあ、花がいいって言ったらな」

 そう言いながら、葵くんがあたしを見る。

 葵くんの方が少し前を歩いていたから、あたしと葵くんの目が、合う。

 …目が、合った。

 思わず反射的に身体ごと逸らして、後ろ歩きなんて始めちゃうあたし。

「…? 何遊んでんの」

「なっ、なんでもない…っ、遊びじゃないし。ってか、こういう遊びがあるの!」

「やっぱ遊びじゃん」

 ぷっと、葵くんが吹き出す。

 一通り笑ったあと、葵くんが言う。

「花、天音が一緒に映画館行きたいって。だめか?」

「…いいけど」

 と返事をしてから、あたしははっとする。







 ———バレる、かも。

 あたしが葵くんを好きなこと。

 天音の兄を好きなこと。

「おっけー」
「…やっぱ、だめ」

 葵くんの声と重なって、どっちも聞き取れなくなる。
 強いて聞こえたとするならば、最後のあたしの『め』という部分くらい。

「ん? ごめん、なんか言った?」

「言ったけど、あの、あま——」

「花っ! よかった、すぐ近くで」

 天音の嬉しそうな声。

 ——葵くんに、よく似た声。

「あま——」

 にっこりと、嬉しそうに笑う天音。

 あたしは、何も言えなくなる。

「…葵くん、帰ったら」

 つい口をついて出た。

 ——バレたくない。絶対、バレたくない。
 バレたら、友だちじゃなくなる。

 天音といられなくなる。

 葵くんとも、会えなくなる。

「……え?」

 葵くんの動揺したような声。

「あたし、天音と2人で観る……」
< 56 / 61 >

この作品をシェア

pagetop