恋獄の鎖
 なのに執事のエバンスは不服のようで、変わらずに結婚の申し込み書をこうして届けに来る。

 しかも今日に至って右手を上げて発言の許可をお父様に求めた。

「旦那様、このエバンス、差し出がましいことを申し上げますがよろしいでしょうか」

「この場で必要なことであるなら言ってみるが良い」

 お父様の承諾を得たもののエバンスは表情を若干曇らせ、けれど与えられた時間を無駄にはするまいとわたくしに向き直った。

「旦那様も調書をご覧になられていらっしゃるように、ミハエル・アインザック様にはすでに心を通わせ合うご令嬢が……」

「いるから何だと言うの?」

 エバンスの言葉を鋭く遮り、わたくしは首を傾げた。

 一体何を言い出すのかと思ったら、とてもくだらないことだわ。

 テーブルの上のティーカップを手に取ると優雅な仕草で息を吹きかける。

「まだ婚約関係すら結んではいないのでしょう? お付き合いしている令嬢がいる、それに何の問題があるの? 結婚は恋人ではない異性とするなんて、珍しくもなんともないことじゃない」

 だけどエバンスはなおも引き下がらなかった。

「他のご令嬢に心を寄せるご令息を伴侶に迎えたとして、苦しく悲しい思いをなさるのは他ならぬシェラフィリアお嬢様でございましょう。名門ラドグリス家となれば、たとえ政略結婚であるとしても相応の――」

「もういいわ、お黙りなさい」

 気分が悪くてわたくしは顔を歪ませた。

 夜会などの表向きの場であれば、周囲の人間がすかさずご機嫌取りに走る状況なのに。お父様も、その隣に座するお母様も口を挟まなかった。

 わたくしと執事。どちらにも肩入れせず、あくまでも中立的に様子を見ている。

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