恋獄の鎖
「ここ数日はお身体を悪くして臥せっていらしたと伺っておりますわ。大丈夫ですの?」

 誰だったかしら。

 今日の夜会の招待主の令嬢が声をかけて来る。

 だけど名前を覚えてすらいないから思い出せるはずもなくて、わたくしはにっこりと微笑んでみせた。

「まあ。ご心配をおかけしてしまったのね。季節の変わり目に少し体調を崩してしまっただけなの。ご心配には及びませんわ」

「そのような中、足をお運び下さるだなんて……」

 令嬢は感激したように瞳を潤ませる。

 素直にお育ちになられているのね。とても、羨ましいわ。


 念願の女児が生まれたのは良いけれど、わたくしは生まれつき心臓が弱かった。だから大事にされるのも当然と言えば当然ね。

 心臓を患っていることを知っているのは両親と十歳離れたお兄様以外では、身の回りの世話をしてくれるごく一部の使用人だけ。けれど皆がわたくしに甘く、我儘もほとんど聞き入れられた。

 幼い頃は体力もなく、長時間の外出も満足にはできなかった。

 それでも十四歳になり、お兄様に連れられて正式に社交界へのデビューを果たせば、わたくしはたちまち大勢の注目を集めた。

 お兄様は今でこそ妻子のいる身だけれど、かつてはその貴公子然とした容貌と物腰とで数々の令嬢を虜にしていたのですって。

 そんなお兄様のたった一人の妹だもの。

 関心の対象となるのもまた至極当然の成り行きだった。

< 2 / 41 >

この作品をシェア

pagetop