恋獄の鎖
 案の定、男は一も二もなく食いつき、わたくしを褒め讃えた。

 両手を揉み合わせる仕草をしていることに気がついているのかしら。

 下品で、腹立たしい。


 不快感を噛み殺しながら、けれど、とわたくしは続ける。

「けれど……?」
 
 大金から目を逸らすことのないまま、男が不安げに息を飲んだ。

 もっとも、"演劇のことなど何も分かりはしない貴族の道楽"に付き合うだけで、資金繰りに困ることはなくなるのだもの。よほどのことでなければ大喜びで尻尾を振って従うことでしょう。

 わたくしは、よほどのことを要求するつもりでいるけれど。

「主演を務める女優がいるでしょう」

「ナタリーのことでしょうか」

「ええ、彼女」

 名前など知らなかったけれど適当に相槌を打つ。

 男は不穏な気配を察したのかわたくしに視線を向けた。直前までわたくしではなく大金に目を奪われていた無礼は、返答次第では不問にして差し上げてよ。

「地位や名誉を得たいのならば、あの薄汚い泥棒猫を看板女優に置くことを今すぐにやめなさい」

「泥棒猫、とは」

 何の話をされているのか分からないのも当然だろう。

 でも、わたくしが疑問に答える義務はない。それには一切の返答をせずに言葉を続けた。

「今すぐ彼女を主演の座から外してちょうだい。もちろん、今後も起用することは許さないわ」

「しかしですね、ラドグリス侯爵夫人」

 まだ公演は半月以上残っている。確か今夜も上演予定があったはずだ。

 それを今すぐ代役を立てろと言われても厳しいことは、わたくしも分かっている。

 分かっているうえで、選択を突きつけた。

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