冷たい海
「だって、私が歩けていたら涼平兄ちゃんにお姫様抱っこなんてしてもらえなかったし、『僕が美夏の足になる』なんて言葉も聞けなかったんだもん」
 そんな彼女の無邪気な言葉に、僕の顔はかぁーっと熱くなった。
「美夏。お前、絶対にからかってるだろ」
 僕は体に込み上げる熱を誤魔化すために、ぶっきらぼうな言葉を放った。
「からかってるんじゃないよ。私は幸せだなって、喜んでるのよ」
 忌まわしい病気に蝕まれながらも、こんなちょっとしたことを幸せと感じることができる。そんな、前向きで明るい彼女の言葉に僕の心も明るくなった。
「ところで、美夏。今更なんだけど。どうして海蛍なんて見に行きたいんだ?」
 すると、美夏は左腕にぎゅっと力を入れた。
「クラスメイトの播磨くんと夕実ちゃんも見に行ったみたいだから」
「えっ、美夏のクラスの名カップル?」
「うん……」
 僕の腕に伝わる美夏の体温が心無しか上がったような気がした。
 美夏のクラスメイトの播磨くんと夕実ちゃんについては、以前からずっとお話を聞かされていた。何でも中学生の頃から付き合っていて、周囲からの囃し立てなど気にもしない仲良しカップルだって。
「それで……僕と見に?」
「うん。私……とっても綺麗だったって夕実ちゃんから聞いて、絶対に涼平兄ちゃんと見に行きたいって思ったの」
 美夏の身体はさらに温もりを増したような気がした。
 だがそれ以上に、僕の心臓は鼓動を増して体中が熱くなった。クラスのカップルが見に行った景色を僕と一緒に見に行く……きっと、意味もなくそんな行動をするほど、彼女はもう子供ではないはずだった。
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