冷たい海
 僕を見守る聴衆。その中に、車椅子の美夏の姿はなかった。だけれども、僕は自作のその曲を演奏した。
 僕が弦を弾くと一面に、僕達の育ったその海が広がった。透き通っていて、美しくて……そして、冷たい。流れ出すその旋律には美夏の透き通った声が重なった。僕が弦を弾く度にその箏奏は美夏の歌声をのせ、その海に落とされる調べとなり、どこまでも永遠に広がってゆく。
 そして、海は青白く輝き始める。徐々に、少しずつ。そして、その冷たい海に美夏が足をつけて、遥か彼方にまで歌声を伸ばし、その輝きは広大な海一面に広がってゆく……。

 その演奏……『僕達の』演奏は透き通った美しい夢となり、それを聴く者を皆、包み込んだ。それは、忘れることのできない夢。美夏が最期に、皆に見て欲しいと願った夢。僕の爪が動きを止め、皆が夢から醒めて暫くの後、演奏会場全体に聴衆達の弾けんばかりの拍手が響き渡った。
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