冷たい海
 僕はそっと、彼女の顔にかけられた白い布を取った。その顔はまるで、忘れられない夢を見ているかのように安らかで美しくて。僕はそっと、その唇に自分の唇を重ねた。けれども、その感触は冷たくて、初めて感じる『死の味』がして。
 彼女の『死』を実感した途端に、僕の目からは堰を切ったように涙が溢れ出した。

 彼女にはもう会えない。それは僕には受け入れ難い事実だった。信じたくない……彼女はまた起き出して、元気に笑ってくれる。また我儘を言って、僕を困らせる。だから僕は願った。
「美夏、目を……開けて。また、笑って……」
 しかし、僕のそんな願いはその病室にただ虚しく響き渡った。

 でも……彼女の『最後のお願い』。あの箏奏で、確かに僕の奏でる旋律に彼女の声が重なったのだ。だから、彼女は冷たくなったとしても、動かなくなったとしても。彼女は美しい歌声を響かせ続ける。
 僕は屈み、ベッドに横たわる彼女の背と膝を腕で抱え上げて、もう一度、彼女と唇を重ねた。その唇は、病室に入った時に重ねたより少し温かかったような気がした。
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