嘘と愛

「呼び止めてしまってすみませんでした。連絡待っていますから、無理をしないようにして下さいね」

 そっと名残惜しそうに幸喜の手が離れた。
 しかし義手である左手には、まだ温もりが残っているように感じた。
 
 私の事…捨てた人なのにどうして?

 複雑な気持ちのまま俯いていた零。
 

 幸喜はそっと頭を下げてその場を去って行った。









 数日後。

 椿が仕事を終え帰宅する為歩いていると。
 駅前で、大雅と零が一緒にいる姿を目撃した。

 そのまま大雅と零は駅前のカフェに入って行った。



 窓際の席で楽しそうに話している大雅と、零の姿を椿は遠くから見ていた。

 大雅は椿に全く気付かず零と楽しそうに話している。
 零はちょっとはにかんだ笑顔で話している。

 二人の様子を見ていた椿は、どこかモヤっとした気持ちが込みあがってきた。
 
 大雅は家では見せない優しい笑顔を零に向けている。
 そんな姿を見ていると、だんだんと椿は怒りが込みあがってきた…。

 零をじっと見ていると、椿はどこか幸喜に似ている感じがする事に気づいた。
 はにかんだ笑顔でも、零の笑顔は幸喜とにていて、幸喜がメガネをかけるときっとあんな感じではないかと。
 見ていると、幸喜に重なる部分が多く、椿の怒りは増していった。

「どうしてあの人、お父さんに似ているの? 」

 込みあがる怒りに、ギュッと拳を握りしめ椿はその場を去って行った。

 そのまま家に帰ってきた椿。
 椿が家に帰って来ると、幸喜が先に帰ってきて夕食を作ってくれていた。


 今日はビーフシチューとサラダ。

 食卓に夕食が用意されて、椿は食べ始めた。

 特に会話がなく静かに食べている椿と幸喜。

 食べ終わるころ、椿は幸喜を見つめた。

「お父さん、今日ね。駅前でお兄ちゃんを見かけたの」
「そうか」

 驚くでもない、喜ぶでもない、無感情の返事に。

 なんとなく椿は距離感を感じた。

「お兄ちゃん、女の人と一緒だったわよ」
「そうなんだ。大雅も年頃だら、彼女がいてもおかしくないからね」

 冷静に答える幸喜に、椿はムッとした目を向けた。
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