初恋彼は甘い記憶を呼び起こす
「いい加減にしなよ。海咲を困らせて楽しい?」

 お手洗いに行くと席を外していた有希が戻って来て、佐野さんにピシャリと言い放った。
 佐野さんは反射的に表情を引きつらせたものの、次の瞬間には眉尻を下げてしょんぼりと肩を落とす。
 坂巻さんの前だから言い返したりせずに、殊勝な姿を見せているのだ。
 有希に叱られたので私に軽くでも謝るのかと思ったけれど、佐野さんは矢沢さんに呼ばれて反省の色もないまま私たちの輪から外れていった。

「絶妙にイラつくわ」

 あからさまにブスっとする有希の腕にそっと触れ、落ち着くように促した。
 佐野さんの無礼な態度に腹が立つのはわかるが、この場には坂巻さんもいるし、抑えたほうがいい。

「ごめん。俺が彼女を止めたら良かった。元カレの話なんてしたくないよね」

 申し訳なさそうに坂巻さんが小さく頭を下げるのを目にし、私は首を横に振った。
 坂巻さんがなにも悪くないのは私も有希もわかっている。

「坂巻さん、謝らないでください。それに、私に元カレの話はできないんですよ」

「え?」

「実は……高校のときに片想いしてた人がいただけなので」

 遠回しだけれど、今の会話で私に彼氏が長年いないことは伝わったはずだ。
 モテない女だとガッカリされたかもしれないが、事実なのだから仕方がない。

 隣で聞いていた有希も「肉食系だなんてあの子が勝手に言ってるだけなんです」と擁護してくれた。
 モテモテだと誤解されるより色気のない女のほうが、私としてはずいぶんとマシに思える。

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