悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
「祭祀庁のお勤めは日陰の仕事と揶揄されているようですが、わたくしは違うように思えてならないのです」

 祭祀庁とは、祭祀を取り仕切る部署だ。
 とはいえ、平和な世の今、彼らが執り行う行事の数は少なくなっている。ゆえに彼らは日陰者と蔑まれることも少なくない。
 どんな些細な変化も見逃すまいと注視するイザベルに、ルーウェンは肩をすくめて見せた。

「買いかぶりすぎだよ。そもそも、この国は貴族院に権力が集中し、祭祀の行事は軽視されている。長官といえど、そのお役目は年に数回しかない」
「飾りだけの役職を、伯爵家が代々務めているのは不自然ではありませんか?」
「……そうかな? 国の取り決めだから、致し方ないと思っているよ」

 話を流そうとする様子に、イザベルは首を横に振った。

「わたくしはそうは思いません。なぜなら、由緒あるライドリーク伯爵家は、建国時から王族から一目置かれてきたからです。現国王とも親しいと聞きます。そんな相手を閑職に追いやったまま、平気でいられるでしょうか」
「もしかして、裏では実権を握っているとでも思っているのかな?」

 ルーウェンの生き方は自由気ままだ。数ある女性と浮き名を流し、好きなように生きているように見える。
 それは見方を変えれば、今の生活に満足しているといえる。そんな人物が、裏でこそこそと国を牛耳っていることで生きがいを見いだすとは思えない。
 この人は権力に興味はないのだろう。それがイザベルの結論だ。

「いいえ。ただ、長官を他の方に譲らないのは、何か特別な理由があるからでは? たとえば、国の根幹に関わるような秘密を、長官だけが知っているとか」
「…………」
「わたくしなら、絶対に守りたい秘密は信頼できる人にしかお話しできません。あなたは以前、白い魔女のおとぎ話をしてくれましたね。あれはおとぎ話ではなく、真実なのではありませんか?」

 ここに来る前に立ち寄った王宮の書庫には、白い魔女のおとぎ話はなかった。そこに勤めている司書が言うのだから間違いない。
 歴史から葬り去られた蒼の国と思われる場所は、今はラヴェリット王国が有する森林地帯になっていた。
 ルーウェンは一度窓の外を見つめ、それからイザベルに視線を戻した。

「……参ったね。君の目的は何だい?」
「魔女との面会を希望しています」

 きっぱりと言い切ると、ルーウェンは驚かなかった。
 長い脚を組み、その真意を探るようにジッとイザベルを見つめる。視線をそらさずに真っ向からにらみつけると、参ったように彼が両手を挙げる。

「その前に確認してもいいかな。今の仮説はレオン殿下の入れ知恵? それともルドガーかな」
「わたくしが、ひとりで仮説を組み立てました。魔女は存在している、と仮定して導き出した答えですわ。間違っていましたか?」

 確認すると、ルーウェンは肩をすくめて見せた。

「いや、おおむね合っているよ。君の目論見が外れたとすれば、ただひとつ。魔女は我が領地で過ごしているが、私自身は会ったことがない。……会うことは禁じられているんだ。だから、君とも会わせることはできない」

 それは予想していた答えだった。とはいえ、ここまで来ておいて、すごすごと引き返す真似はできない。
 だが禁忌を破ってもいいと思わせるほどの交換条件があれば、あるいは――。

「まあ、それは建前なんだけどね」
「え……?」

 困惑するイザベルに、ルーウェンは優しく微笑みかける。
 まるで企みが成功したような笑みだった。
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