今さら本物の聖女といわれてももう遅い!妹に全てを奪われたので、隣国で自由に生きます
私はそれを聞いて泣いた。王太子のことは密かに好きだった。生まれて初めて、婚約者というものを得たのだ。両親や周りからの愛情を知らない私は王太子の通常であれば酷いとされる行動も好意的に受け取ってしまっていた。

通常、婚約者をエスコートするのは当たり前だ。だけど優しくエスコートされて、私は初めてひとの温かさというものを知った。王太子は壊れかけた、幼い私の唯一の拠り所だったのだ。

明後日、話し合いの日だと言う時。

私はベッドの中で泣き濡れて、王太子の婚約者という地位も聖女としての地位も奪われたことに絶望していた。聖女は婚姻できないはずだが、今回ばかり特例ということで通そうと公爵は躍起になっていた。

ーーーもう、私には何も無い。

ここ最近何も食べていなかったのが災いしたのだろう。夜、私は喉の乾きを覚えて目を覚ました。水差しは空で、侍女がろくな仕事をしていないことを悟る。

久しぶりに部屋を出て、水を求めに食堂へ向かっていた時。私は足を滑らせたのだ。そして、階段から落ちてーーー

思ったのだ。

母もいない、婚約者には捨てられ、妹には立場を奪われた。そんな私が、生きていてもいいことなどきっとありはしない。ああ、もう楽になってしまおう。

そうすればきっともう、苦しむことも無い。私には何も無いのだから、もういい。もう、いいじゃないの。私に残されたものなんて………何も無いのだから。

そう思ったのだ。

今思えばなんて馬鹿らしい、と思うけれど。
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