元書店員ですが、転生したら貴族令嬢になっていました!

26.① 突然言われても困ります!

「今日はお泊りになられたんですね」

 私はアリアナを想って流していた涙をささっとふくと、立ち上がってヴィクターに尋ねた。

「ああ。エリックに引き留められたからな」

「何かありましたか? お水でも?」

「出来たら」

 と彼がいうので、私はコップを二つ取り出して水を注いだ。普通夜中でもメイドをたたき起こして水を持ってこさせる貴族もいるとは思うのだが、エリックといいヴィクターといい、自分で動くのを良しとしているようだ。お盆はいらないだろうと踏んで、コップを手渡そうと彼に近づいた。

「また、泣いてたのか?」

 静かな厨房に彼の低くてハスキーな声が響いた。

「またって――そんなに何回も泣いてないですよ」

 夜の少しだけ乱れた姿の彼は危険だ――ケイン伯爵に似ているからというだけではなく。クラヴァットは勿論外されているし、シャツはボタンがひとつふたつ外されて彼の野性味ある男性らしさが強調されている。がっしりした顎には既に髭が生えかけているのも彼の整った風貌をよりよく見せるツールにしか過ぎない。社交界で絶世の美男子と囁かれているのも無理はないとしみじみ思う。

(ま、かなり年下だけど、ね)

 ヴィクターはエリックの一つ年上だから今22歳か。18歳のアリアナのままだったらお似合いの年の差だが、皆原凛音は31歳、9歳も違う。しかも凛音のままのごく普通の風貌だったら彼は見向きもしないに違いない。

 私の返しに彼が何かを言おうと口を開いたーがそのまま言葉を飲み込むと、ありがとうと水を受け取って彼は去っていった。

 ☆☆☆

アリアナの日記を読んだせいで頭が冴えてしまい、ほとんど眠れなかった私は諦めて早く起き上がって、早朝から二日酔いにききそうなスープを作ることにした。侯爵が料理長に頼んでくれたおかげで自由に厨房を使わせてもらえるのは本当にありがたい。私が朝早く起きて調理していると、料理人たちは気を遣って厨房には入ってこないくらいだ。それはそれで申し訳ないのだけど。

 出来たらしじみを入れた味噌汁でも作りたいところだが、しじみは探せばこの世界のどこかにはあるかもしれないがさすがに味噌が手に入らない。鶏肉と生姜、野菜を使ってあっさりめの塩味スープにすることにした。

 何より嬉しいのはこの世界には白米が存在することだ。初めて朝食を作った日に、料理長とどんな雑穀が手に入るかという話をしたところ、市場で白米らしきものが売っている、という情報を得たので頼んで、即買い求めてもらった。白米といっても、日本で食べていたようなふっくら炊き上がるものではなく、タイ米やカリフォルニア米のようなちょっとぱさぱさする種類なのだがそれでもお米はお米だ。最初に鍋で炊き上げた時にはひとりひっそりまたまた涙ぐんだのであった。

(うん、確かによく泣いてるかも)

 お米自体は、味がしないからどうかなとは思ったのだが、エリックや侯爵も意外にも白米を気に入ったので、私が食べたいのもあって、時々炊くようになった。こればかりはどれだけ料理人にいっても火加減がなかなか難しいようで、お米に関しては私が炊くのが基本である。

(塩味のおにぎりにしたら食べやすいかな)
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