ただ今、2人の王子に愛され中


 映画館は、日曜日ということもあってか、一段と混雑していた。

 どこを見渡しても人、人、人。


「…まるでアリの行列だな。」


 俺は小さく毒づく。


 とりあえず、ポップコーンと飲み物を買おうと思い、ショップの方へ足を向ける。

 そして、見つけた。

 人混みの中で、彼女の姿を。

 俺の、長年の想い人を。


 桜庭音葉を。


 音葉も、映画を見に来たのだろうか?


「おい、音、」


 声をかけようとして、俺は片手を上げたまま凍り付いた。


 音葉は、1人で来ていたわけではなかった。

 誰かと一緒に、並んで歩いている。

 誰…。

 男。


 音葉は、男と並んで歩いていた。

 それも、楽しそうに、会話をしながら、笑顔で。


 頭が真っ白になった。


 映画館に、いい歳の女子が男と2人きりで来る。

 これが意味するところは、つまり、


『デート』


 そういうことなのか。

 音葉と連れ添って歩いている男は、音葉の彼氏なのか。

 音葉には、既に、そういう存在が…。


「あれっ、隼人?」


 音葉が、不意に俺の存在に気づく。

 彼女は屈託のない笑みを浮かべると、俺の方へ近づいてきた。

 もちろん、あの男と一緒に。


「隼人じゃん!どしたの?隼人も映画鑑賞?」

「え、ああ…、まあ、そうだな。」


 俺は音葉と目を合わせず、あいまいにうなずいた。


「音葉、この子、誰?」


 音葉の隣にいる男が、興味深そうに俺を見る。


 よく見れば、なかなかいい男だ。

 顔は普通だが、悪くはない。

 高身長で、スラっとした体形。

 超絶美少女な音葉と並んでいても、何ら違和感ない、お似合いカップルに見える。


 俺は、泣きたくなる衝動を抑えるように、下唇を噛み締めた。

< 28 / 29 >

この作品をシェア

pagetop