ロゼリアの黒い鳥
「今日はお花を持ってきてくれたの? 赤いお花……綺麗ね」
また彼女は夢の中で黒い鳥に会っているのだろうか。それとも男が黒い鳥に見えているのか。
ロゼリアがにこりと男に微笑みかけ、手を彼に差し出す。
白く細い手が、男の真っ黒な衣類を触り、こびり付いた血を握り締めるように掴んだ。
「……お嬢様」
何を……。
アリシアは驚愕のあまりに震える声をついつい出してしまう。
だが、次に繰り広げられた光景を見たときの驚きはその比ではない。
男がロゼリアの手を自分の方に引いて、掻き抱いたのだ。わきの下に腕を差し入れ、彼女のすべてを自分の腕の中に閉じ込めるように。
そして大事そうに、愛おしそうに背中を撫でつけた。
「……あぁ……ロゼリア」
まるで、彼女に会えたことを心の底から喜んでいるかのような、感嘆の息が一緒に漏れた声。切なく震えて、何故かアリシアの心を締め付ける。
もしかしてロゼリアの知り合いなのだろうか。
二人の間に何かしらの関係があるのか知りたかったが、抱き合う二人の世界を壊したくなくて口を閉ざす。
半ばその光景に魅入られていたのかもしれない。
身体を離し、ロゼリアと額を突き合わせた男は、彼女の顔を覗き込む。目を合わせずに虚ろを見つめたままのロゼリアに、男は物悲しそうな顔をして鼻の頭を擦り寄せた。
「一緒に行こう」
ただ一言告げた男は、彼女を持ち上げて横抱きにする。
大事そうに抱えた彼は、ちらりとこちらを一瞥し、鋭い金の目を細めた。アリシアは睨み付けられて、身体を強張らせる。
けれども男は何を言うでもなく、こちらに何をするでもなく、踵を返して侵入してきたサロンへと足を向けた。
ロゼリアと共に血の海を抜けて、割れた窓を飛び越える。
アリシアの視界からあっという間に二人は消えてしまい、その瞬間床に崩れるように座り込んだ。