ロゼリアの黒い鳥
「俺の名前、言ってみて、ロゼリア」
そう願いを込めて聞いてみた。
先ほども名乗ったので、もしも何か彼女の中に引っ掛かるものがあればその口から出てくると思ったのだ。
だが、ギデオンの期待に反して、ロゼリアは首を傾げるだけだった。
仕方がない。覚えていないのであればまた教え込めばいいことだ。
これからは二人きり。誰も自分たちを引き裂くこともないし、邪魔はしない。
警察はロゼリアの父を殺した犯人を捜しているだろうが、ここ五年、潜んで生きてきたギデオンの存在を把握することも難しいだろうし、あの使用人も果たしてどこまでまともに証言できるか。
まずはギデオンの身元を判明させるまで難航するだろう。もしも分かったとしても、そのときにはもう自分たちは異国の地だ。
「覚えて、ロゼリア。俺はギデオンだ。ギデオン」
「……ギデ……オン?」
「そう、ギデオンだ。君の壊れてしまった世界の中に存在する、唯一の名前だ」
他は何もいらない。
互いが互いだけあればいい。
だから、一日も早く覚えて欲しい。
「……言って、ロゼリア。ギデオン、と」
唯一の名前を吹き込むように己の唇で彼女の口を塞ぐ。
「ギデオンだ……ギデオン」
何度も何度も。忘れ得ぬよう、身体にも心にも刻み込む。
キスをされ、口の中も愛でられて気持ちよくなったのか、ロゼリアの目がとろんと蕩けていた。
その姿が可愛くて、夢中になって口を吸う。合間に自分の名前を教え込み、快楽と同時にロゼリアの中に擦り込んでいった。
「……ギデオン」
「上手に言えたな、ロゼリア。偉いな」
徐々に疑問形だった名前がはっきりしたものになっていく。
ロゼリアの中にギデオンの存在が明確になればなるほど、心に喜びが募った。
このままロゼリアの中で唯一無二のものになれと願いを込めて、再び唇を塞ぐ。
――二人の境界がなくなるまで、朝まで抱き合った。