『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
 故郷の村を出発したあと、俺たちは付近の穢れを浄化しながら北上していた。もっと北に行くと大きな街があるが、もう陽も落ち始めたので今日は野営をすることにした。
 月も中空に昇り思わずうとうととしてしまった時、ふいに生暖かい風が吹いてきた。甘い香りが鼻につく。気がついたときには、すでに体が動かなくなっていた。漂ってくる甘い香りに意識が奪われていくなか、周囲を取り囲まれる気配がして、ひそひそと話し声が聞こえた。
「冒険者かなにかか?」
「こっちには女と子供もいるぞ」
 その言葉が耳に届いて体の中の血が沸き立つ心地がした。ユウキと、スピカには。唇を噛み締め、何とか体を動かそうと試みた。
「おい、こいつまだ動けるぞ!」
「──ぐっ」
 背中から蹴り倒され息が詰まる。そのまま何度か踏みつけられそこで意識が途切れた。
 飛び起きると見知らぬ部屋に転がされていた。鼻の奥にあの甘い香りが残っている。
「──くそっ」
 完全に油断していた。呪いの解ける可能性が上がって浮かれていたかと歯噛みする。隣には同じようにバルトも転がされていたが、ユウキとスピカはここにはいないようだ。守ると言ったくせに、なんて様だ。
「バルト、大丈夫か」
「う……………にいさん?」
 バルトの肩を少し揺するとすぐに目を覚ましてくれたので息をついた。武器の類いは奪われているが、何故か拘束はされていない。これから拘束するつもりなら、賊もすぐに戻ってくるかもしれない。
「動けるか?」
「……ええ、なんとか」
 洞窟を隠れ家として使用しているんだろう、扉もなく岩壁に囲まれた通路から足音と話し声が響く。向こうから近づいてくる足音は二人分。俺とバルトは部屋の壁に左右に分かれて息を潜めた。
「もう少しで約束の時間だな……」
「女の方はまだ金目のものを探してるみてぇだ」
「あの野郎、俺たちのお陰で商売が出来てるってのに、全く態度がでかくて嫌んなるぜ」
 男たちは『女』と言ったが、もしかしてユウキのことだろうか。ユウキを最初に見つけたあのときの光景を思い起こして、内臓がぎゅっと冷える。
「──お、おい! やつらはどこだ? もう目が覚めたのか!」
 俺たちの姿を探して部屋へ駆け込んできた男たちを、バルトと二人で気を失わないよう少々手加減して無力化した。おあつらえ向きにロープを持っていたので、動けないように拘束しておく。すぐにでもユウキたちを探しに行きたいが、闇雲に動くわけにはいかない。まずは拘束した男たちから情報収集だ。
 こいつらは旅人を襲って金品を奪い、最終的に奴隷商人に売り飛ばしているようだ。今日はこれから取引相手の商人が来るので、隷属の儀式をして買い取っていくところらしい。拐ってきた人たちは商品として扱われるので危害を加えられることはないと言っていたが、どこまで本当かはわからない。聞きたいことは聞けたし、仲間を呼ばれても面倒なので用済みの男たちは意識を奪っておいた。
 周囲を警戒しながら洞窟内を進んでいくと、前方から光がちらちらと見えた。ランプの明かりではないようだ。
「──蝶?」
 ひらひらと、俺たちの周りを光の蝶が舞った。光の粒子が降り注いで、切れた唇の傷や背中の痛みがすっと消えていく。これは恐らくユウキの治癒魔法だ。光と共に流れ込んできたのは、強く、俺たちの無事を祈る気持ち。まるで自分は大丈夫だと、そう言っているみたいだ。……こんなときに俺たちの心配なんてしてるなよ。
 蝶はひらひらと元来た方向へ引き返していく。こいつについていけばユウキたちの居場所がわかるかもしれない。急いた心を落ち着けるように息を一つつく。
「……急ぎましょう」
「ああ」
 途中出くわした賊を倒しながら、蝶のあとを追いかけていく。この通路の先に少し開けた空間があるようだ。怒号が響いてくる。もしかしたらあそこにいるのか?
 ──ユウキだ。今まさに、対峙した男の腕があいつに振り下ろされようとしている。
「バルト、他は任せた!」
「はい!」
 加速の魔法を自身にかけ地面を蹴る。その勢いのまま男を蹴り飛ばした。
「ユウキ!」
 情報を吐かせた男はああは言っていたが、何もされていないだろうか。振り返ると、特に怪我や問題らしいものは見当たらなくて胸を撫で下ろす。
「悪い、遅くなった。……ユウキ?」
 ──様子がおかしい。座り込んだままのその顔を覗き込んだが焦点が定まらず、体から光があふれている。魔力が暴走しているのか。こういうときは、どうしたらいい。
 とりあえずユウキがスピカにやっていたように、震える体を腕の中に抱き込んだ。視界をふさげば少し落ち着くだろうか。あふれる光からユウキの感情が伝わってくる。たくさんの恐怖だ。
 状況を確認しようと見回すと、部屋の中にいた賊は既にバルトによって片付けられていた。スピカは──牢の中だ。気を失ってはいるが、無事なようだ。牢の床では腕から血を流して男が呻いている。そうか、あれを……ユウキがやったんだろう。
「もう大丈夫だ。ひとりで戦わせて悪かった」
 人を傷つけてしまったことが怖いのか。争いのない世界で育ったなら、誰かを傷つけることに抵抗があることだろう。尚も震える体を抱き締めて、自分とは違う柔らかいその髪をできるかぎりそっと、なだめるように撫でる。
「血が……いっぱい出て……」
「ああ、でもあの程度なら死なない。
 お前はあの人たちを守ったんだろ? よく頑張ったな。」
 どれくらいそうしていたか、硬直していた体から少しずつ力が抜けて、あふれていた光もおさまっていった。落ち着いたのか、ユウキが俺の腕から体を起こして離れていく。腕の中の温もりが急になくなりどこか名残惜しい気持ちになった。
「止めてくれてありがとう、テオドール」
 そう微笑んだ顔はいつもの笑いかたとどこか違っている気がする。大丈夫かと思わず聞くと、少し困ったような、複雑そうな顔で頷いた。
 そのあと、ユウキは俺たちと一緒に事後処理に奔走した。無理をしていると感じたけれど、気が紛れるようならと、本人のやりたいようにさせておいた。
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