『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
 やっと掴まえた。
 私を振り落とそうと首を振り回すので、鱗に爪を立てしっかりとつかまる。この浄化の矢傷から穢れが祓えるだろうか。傷口にそっと触れると苦しそうに身をよじるので、今度はちゃんと届いているようだ。少しずつ、少しずつ、浄化の光を流し込んでいくイメージをする。体からあふれる黒い霧を失うにつれ、ドラゴンは咆哮をあげ体を振った。テオドールが、痛くて、苦しんでいるのがわかる。まるで命を燃やし尽くすように、黒い霧と共に力が流れ出しているのが怖くてたまらない。
 暴れるドラゴンの鋭い爪が私の背中に当たり焼けるような痛みが走った。その拍子に腕が緩み、ついに振り飛ばされてしまった。
「ユウキさん!」
 バルトルトが駆け寄って、立ち上がろうとする私の肩を支える。ドラゴンの黒い霧は完全には失くなっていない。口の中に鉄の味が広がった。もう一度、穢れを祓うチャンスを作れるか。
 ──その時、眩しい光の爆発が起こり、視界の全てが奪われた。

 黒い煙が立ち上ぼり、光を浴びたドラゴンがだんだんにテオドールの姿へと戻っていく。くずおれたその体は傷だらけで、咳き込んでたくさんの血を吐き出した。
「テオ!」
「兄さん!」
 急いで側に走り寄ると、バルトルトがその体を寝かせる。テオドールは薄く目をあけて、私たちの方に首だけ動かした。
「……ユウキ。バルトも」
 魔物化で体の中もぼろぼろになっているのかもしれない。傷口からどんどん血が流れてくる。治癒は。試みたけれどできない。あの矢は魔法が戻ったわけでは無いのか。
「テオ………わた、わたし………」
 苦しそうな息づかいに、どうしたらいいかわからず、涙があふれた。泣いてもどうにもならないのに。
「だいじょうぶ、だ。わかってる。嫌な役、やらせて……わるかったな」
 テオドールは私の手を掴んで握ってくれたけれど、大きなその手の力は弱い。
「……バルト、後のことは、頼んだぞ」
「そんなこと……言わないでください」
 掠れたバルトルトの声が胸に刺さる。ぐっと堪えるような顔をしているバルトルトと唇を噛み締めた私を見上げて、テオドールは少し困ったように、力なく笑った。

 眩しかった光が収束した先には、瑠果ちゃんがふわりと宙に浮いていた。近くにいるレオンハルトとアルフレートも、膝をついて呆然とした様子でそれを見つめている。何が起こったのかわからないけれど……あれは、瑠果ちゃんじゃない。あんな無感情な表情を、瑠果ちゃんはしない。
 闇の神が瑠果ちゃんに近付こうとしたが、その体は弾かれ──ニコラウスの体から、黒い影が引き剥がされて抜けていく。
“────。”
 黒い影は形を失いながら尚も近づいていこうとする。とろけそうなほど優しい声で、呼びかけるように何かを呟き、そして笑った。
“────。次は、必ず。”
 瑠果ちゃんの体からあふれ出す強い光に、伸ばした腕も届くことはなく──闇の神は溶けていった。

 瑠果ちゃんから光の塊が抜けて、ふわふわと落下を始める。落ちていく体をレオンハルトが受け止めた。宙に残った光の球体から柔らかな力があふれて周囲を照らした。肩や背中の痛みが薄れていく……これは治癒の光、なんだろうか。
「ルカ!」
 瑠果ちゃんはすぐに目が覚めたようだ。アルフレートが安堵の声をあげる。闇の神から解放されたニコラウスも、よろよろと体を起こしたのが視界の端にうつった。テオドールも先程の治癒の光で傷はふさがったようだけど……顔が真っ白で生気を感じない。治癒ではその他のものは補えない。このままでは。握った手の力がだんだんに無くなっていくのがわかる。まだ薄く息もしているが、テオドールの体は少しずつ冷えていくようだった。
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