契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
 だからそのまま、彼女の言葉の通りに紳士的に振る舞おうと思った。彼女の期待に応えて、ボランティアの精神で。
 本当に、確かにあの瞬間までは、そう思っていたのは間違いない。
 それなのに。

『なんでもしますから、おっしゃって下さい』

と微笑まれて、和臣の中のなにかが弾けた。
 そして気がついたらお世辞にも紳士的とは言えない言動で彼女を脅かしてしまっていたのだ。

 あの時の渚のショックな表情!

 頭の後ろにガーンと書いてあるのが見えるようだった。
 それを思い出して和臣は、とうとう堪えきれずに肩を揺らしてくっくっと笑い出した。
 彼女のあんな表情は事務所の誰も見たことがないに違いない。
"鳩が豆鉄砲を食ったよう"というのは正にあんな様子のことを言うのだろう。
 そしてあの日からしばらく渚は、和臣を警戒しているようだった。
 結婚しておきながら事務所では今まで通り瀬名先生と冷たく呼ぶくせに、家では名前で呼べと言われたことを気にしてか、どう呼びかければいいのかわからずにまごまごしていることもある。
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