契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
「はい……ぜひ」

 和臣の胸がずきんと痛んだ。
 彼女がここへ来るのは、おそらくはこれが最初で最後なのだ。
 調理師の試験は来年の十月だから、龍太郎を説得できない限り、それまでは結婚生活を続けることになるだろう。
 でもきっと、社会見学は一度で十分だ。
 来年は、彼女はもう自分の隣にはいない。
 それどころか、いつかは本当の恋愛をして、本当の結婚をするのだ。
 和臣ではない、誰かと。
 その事実が和臣の胸を締め付けた。
 そんな未来を、果たして自分は受け入れることができるのだろうか。
 和臣は、姉と母と楽しげに話し続ける渚から目を逸らし、ビールのグラスをジッと見つめた。

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