レジーナ・フルレ
「ところで、私に何か用事かい?」
「そ、そうでした! あの、地方に住んでいる研究者が植物を生み出す事に成功したそうです!」
「な、なに〜!?」
 この国には私と同じように、植物研究者が何人かいた。
 いずれも国から依頼を受け、補助金をもらって、植物を生み出す研究をしていた。
 国からは、「最初に植物を生み出した研究者に爵位と名誉研究者の名を与える」と言われていた。
 植物ーーその中でも、特に花を欲しがっていた。
 爵位が全てのこの国では、私達の様な爵位も何も無い、ただの平民研究者にとっては、何が何でも欲しいモノ。
 この研究は何としても、成功せねばならなかった。

「そ、それで、その研究者は……?」
 ハナの肩を掴むと、私は揺らした。
 ハナは「先生、苦しいです……!」と、息も絶え絶えに訴えてきたのだった。
「これから、王宮に連絡を取るらしいです。早ければ、明日にでも国王に謁見するかと」
「そうか……」
「ただ、地方に住んでいるらしいので、王都にある王宮まで、どれくらい時間がかかるのか……」

 ハナは眉をひそめた。
 私が住んでいるこの研究室もだが、王都にある王宮まで報告に行くには、早馬を出しても1日はかかってしまう。
 まだまだ王都と地方を結ぶ街道が整備されていないというのもあるが、とにかく王都まで遠い。
 直進すれば近いはずが、まだまだ整備が間に合っておらず、街道を使って遠回りをしなければ、王都に辿り着かなかった。
 更に、王宮からの返事を携えた早馬が帰ってくるのに、数週間はかかってしまう。
 その間に、花が枯れてしまわないか、心配であった。

「私達も負けていられませんよね! 早く生み出して、あっちよりいい花を咲かせましょう!」
「そうだな……」
 私は溜め息をつくと、椅子に座った。
「先生?」と、ハナは不思議そうに首を傾げたのだった?
「実はな、ハナ君。私はもう研究をやめようと思っているんだ」
「ど、どうしてですか……?」
 私の言葉に、ハナは悲しそうに顔を歪ませたのだった。
「両親の跡を継いで研究をしてきたが、私には無理なようだ」
「そんな……! 諦めちゃうんですか?」
 私は小さく頷いた。
 両親の跡を継いだものの、私はこれまで研究とは無縁の生活を送ってきた。
 そんな私が、植物研究者になれる訳が無かった。
 ハナがいたから何とか研究者をやれてきただけで、本当は自分1人では何も出来なかった。
 私はため息をついたのだった。
「もう潮時なのだろう。そろそろ研究資金も底をつきそうだ。違う仕事を探した方がいいのかもしれない」
 両親が遺してくれた資金は、そろそろ底をつきそうだった。
 そうなる前に、違う仕事を見つけた方がいいだろう。
 ハナの為にもーー。

「……嫌です」
「ハナ君?」
「嫌です! だって、先生はあんなに頑張ってきたのに……!」
 ハナの両目からは涙が溢れた。ハナは白衣の袖で、目を擦ったのだった。
「ハナ君。わかって欲しい。私には才能が無かったんだ。研究者としての」
「それでも! 先生はこうやって諦めてしまっていいんですか!? 悔しくないんですか!?」
 ハナの叫びに、私の胸が痛んだ。
 ハナの気持ちもわかる。ただ、もう決めた事だ。
「私はハナ君の幸せの為にも、これ以上の研究は不要と……」
「私を言い訳にするんですね……」
 ハナの言葉に、私はハッとした。
「誤解だ! けして、ハナ君を言い訳にした訳では……」
「もういいです!」
 そうして、ハナは部屋から出ると、乱暴に扉を閉めた。やがて、怒りに溢れた足音は遠くへと、消えて行ったのだった。
「そうではないんだ……」
 私はゆるゆると椅子に倒れ込んだ。
 結局、ハナはその日、研究室にも、自宅にも、戻って来なかったのだった。
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