悪役令嬢リーゼロッテ・ベルヘウムは死亡しました
 わたしが手招くとファーナが膝の上にちょこんと座った。
 わたしは彼女の髪の毛を梳いていく。

「えへへ。くすぐったい」

 ファーナがこそばゆそうな声を出す。ゆっくりと髪の毛を何度も梳いていくと、そのたびに肩を揺らすファーナ。

「あんまり好きじゃない?」
「んーん。なんだか変な感じがするの。えっとね。なんだかくすぐったいの。でも嬉しいの。楽しいの」

 弾んだ声から嫌ではないことがわかったわたしはそのまま髪の毛を梳き続ける。
 ふわふわで細くて柔らかな髪の毛。綿菓子みたい。

「えへへ」
 ファーナは何度も小さく笑う。

「人に髪の毛梳かしてもらうと気持ちいいのよね」
「お母様が鱗のお手入れしてくれる時みたい」

 なるほど。竜らしいな。

「そのときもね。きゅーって嬉しくなるの。今もね、そんな感じがするの」
「人間の女の子はね、鱗のお手入れの代わりにこうして髪の毛のお手入れをするものなのよ」
「鱗の代わり?」

「ええ。髪の毛がつやつやしているとね、みんなに褒められるの」
「お母様もね、鱗のお手入れ頑張ってるよ。鱗がきれいだと嬉しいんだって」

「女性だものね」
「女性は鱗がきれいだと嬉しいの?」

「んー、人、いや竜にもよると思うけれど。褒められると嬉しいのは分かるわ」
「わたしもお手入れ頑張ったら褒められる?」

 ファーナが顔を上げて尋ねてくる。

「褒められるっていうかね。お手入れをすると自分の心が嬉しくなるのよ。可愛くなって嬉しい楽しいって」
「んー?」

 ファーナが首をかしげる。
 まだよくわからないらしい。

 ファーナの髪の毛を丁寧に梳いて、わたしは彼女を床に下して立ち上がる。
 化粧台にはティティが用意してくれたリボンがいくつかある。他にも宝石のついた髪留めなんかも。森に棲んでいる限り必要なさそうなのに、ティティはどこからかこういうのを用意してくるのだ。

 わたしはりぼんを手に取ってファーナの髪の毛につけてあげた。

「うん。可愛い」
「かわいい?」
「ええ」

 尋ね返してきたファーナにわたしはうなづいた。
 そうすると彼女は頬を赤くする。照れているらしい。年相応のはにかみ顔にわたしのほうまで頬が緩んでしまう。

「ほら、そろそろ寝る準備をしなさい」
「はあい」

 ファーナはぱたぱたと駆け出していく。
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